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120712 怠惰が日々を渡っていく(if青黄/ 警官×パイロット)
青春時代にそこそこ早寝早起きで、そこそこ規則正しい――とはいっても寝てばかりだったが――生活をしていたせいでどうにも夜勤は慣れなかった。さっさとベッドに飛び込もうと玄関を開けると、中は明るかった。共に漂ってくる香ばしいにおいに、そういえば帰ってくる日だったかと頭をかいた。
短い廊下を抜けて、明かりのついた部屋に足を踏み入れる。
「おかえりっスー!」
「おう」
明るい声で迎える黄瀬の手元を見ると、卵焼きが器用に巻かれているところだった。スクランブルエッグより卵焼きの方が好きだと言ったときから、卵焼きに変わった。
「もうすぐ出来るっスよー」
「あー、おまえ帰ってくること忘れてたから、外で食ってきた」
「えー! ひどいっス!」
「おかずだけ食う」
「もー」
文句を言いつつも、黄瀬は笑顔だ。何がそんなに楽しいんだと毎度のことながら思ってしまう。一緒に暮らしはじめてから、こいつはいつもこんな感じだ。
黄瀬は中学のときの同級生だ。その頃から顔がよく女子からもてていたにも関わらず、何故か俺に懐いてやたらとついてきた。適当にあしらってもめげそうになかったので、好きにさせていた。結果、どういうことかヤってしまった。いま思い返しても一体どうしてそうなってしまったのか分からないが、多分若気の至りとか好奇心とかの結果なのだと思う。何度か繰り返したが、別々の高校に進んで、徐々に疎遠になっていった。定期的に黄瀬から連絡は来たが、それくらいだ。
俺は高校でのあれこれから警官を目指すことにした。大学を卒業してから無事試験に通り、警察学校へ行った。学校を出てもなお、多くの人がそのまま寮生活だ。しかし俺は寮生活が肌に合わなかったから、とにかく外に出たかった。とはいっても都内で一人暮らしを満喫するほどの余裕はなく、少し前にパイロットになったという黄瀬に連絡をとった。ちょっと居候させてほしいと頼むと、青峰っちが警察官!とひとしきり笑った後、二つ返事でOKしてくれた。
俺も黄瀬も断じてホモではない。ただ俺は長続きする性格じゃないから、警察学校へ行っている間にどれも絶えてしまった。俺が初めてこの家に訪れた日、黄瀬は頬をややはらしていた。付き合っていた彼女にひっぱたたかれたらしい。黄瀬は不思議そうにしていたが、そりゃしょうがないだろう。彼女がいるなら断れよと思ったが、黄瀬いわく大した相手じゃなかったから別によかったらしい。
仕事の関係上お互いが家にいる時間はきわめて少なかったが、黄瀬は家のことをほぼ全てやってくれた。結局は家賃も黄瀬が全額払い続けている。ついでに何となくまたセックスをするようになった。相手にするなら柔らかくていい匂いがして胸のある女子の方がいいが、今の俺には残念ながら出会いがなかった。しかし溜まるものは溜まるのだから、仕方ない。結果として、何の苦労もせず人間の三代欲求がこの家で満たされてしまった。しばらくしたら出ていくつもりだったのに、ずるずるとここにいる。どうしようもなく楽なのがいけない。
ダイニングの椅子に腰掛け、テーブルにある卓置きカレンダーを手に取る。確かにオレンジ色のペンで今日の日付のところに「ロス→羽田」と書かれていた。そのまま予定を辿っていくと、2日後に「撮影」と書かれていた。
「何だよこの撮影って」
「なんかどっかのテレビ局が取材に来るから出ろって」
「この前も似たようなこと言ってなかったか」
「あれはパンフレットの撮影っス」
「へー」
黄瀬はただのパイロットのはずなのだが、最近どうも外部に顔を出す仕事が増えている。イケメンでイメージアップという作戦、らしい。
「ほんとはもっと飛びたいんスけどねー。でも出ろって言われて出ないわけにもいかないし」
「適当に断れよ」
「ギャラがけっこうよくて」
苦笑しながら言う黄瀬に、ああ、と納得してしまった。バイクや車の方が飛行機よりよっぽど魅力的に感じる俺は、黄瀬の感覚は分からない。それでも断るには惜しい仕事なのだろう。
運ばれてきたおかずを箸でつつく。元来器用な黄瀬は、俺が居候するようになってからめきめきと料理の腕をあげていた。
何となく横を見ると、黄瀬がどこかにフライトに行く度に買ってくるご当地ネコキャラクターのストラップが目に入った。初めてここに来たときから大分増えたように感じる。
「いいよなあちこち遊びに行けて」
「遊びじゃなくて仕事っス! それに空港周辺以外は全然行けないし、アルコールだって飲めないんスよ」
「俺だって外で酒のめねーし」
基本的にアルコールは家でしか飲めない。家以外で飲むときにはわざわざ書類を提出しなけければいけないからだ。
「まぁそりゃ青峰っちは大変そうっスけど。あっ、そうだ、じゃあ次の休みにどっか日帰りで旅行に行くのはどうっスか?」
「はぁ? やだよ、何で休みの日にどっか行かなきゃなんねぇんだよ」
「だって青峰っちがー」
「んだよ」
「……それじゃ今晩どっか美味しい店に食べに行くっス」
「めんどい」
ばっさりと断れば、黄瀬は頬を膨らませてみせた。長身の成人男性がやっても全く可愛くない。
「だって」
「さっきから何だよ」
言いたいことがあるなら言え、と睨んだ。黄瀬はやや目線を泳がせてから、口を開く。
「や、だって、青峰っちがうちに来てから一年たったなぁって思ったんスけど」
一年、と言われて反射的に嘘だろ、と思った。カレンダーに目をやって、数日前に星印がつけられていることに気付く。全く気にしていなかったが、もしかしてそういうことか。
「おごりだろうな」
「っ! 勿論っス!」
ぱぁっと顔色を明るくした黄瀬が、こくこくと頷いた。阿呆らしい。
「眠い。寝る」
空にした皿を黄瀬に押しつけて席を立った。
「ふぇっ、おれも寝るっス!」
まだトーストをくわえたままもごもご喋る黄瀬を残して、寝室に行った。一人で寝るには広すぎて、かといって大の男が二人で寝るとやや狭いベッドに倒れ込む。満腹感も手伝って、今にも寝てしまいそうだ。
「あーおーみーねーっちー」
間延びした声と共に、ばたんと重りがのしかかってきた。
「重い」
「鍛えてるんじゃないんスかー」
「それとこれとは別だ」
「えー」
クスクスと耳元で笑いをこぼす黄瀬の唇を力尽くで塞ぐ。自分よりやや低い体温とか、鼻にかかる声を殺そうとして出る音とか、そういえば久しぶりだなとぼんやり思った。黄瀬が腕を首にまわしてくるのと同時に、後頭部を押さえてた腕で黄色い頭をベッドに沈めた。
「った!」
「寝ろ」
「えー!」
「うるせぇ、俺は寝る」
背を向けて目を閉じる。黄瀬は後ろから控えめにちょっかいを出してきたが、しばらく放っておいたら諦めたようだ。
「おやすみなさいっス、青峰っち」
返事くらいしてやろうとしたが、うまく声が出たか分からない。どうせ明日だって休みなのだ。ぐだぐだできる休日は、まだ長い。
まだ季節としては春だというのに、今日はやけに暑い。交番の前に立って見張りをするだけのことがだるく感じられる。目の前の交差点の信号が変わるのを何度も見て、あくびを一つついた頃だ。
俺の膝ほどの高さしかない子供がわらわらと現れたので、あたりをさっと見回す。知っている顔がすぐには見つからなくて、もう少し遠いのだろうかと前に向き直ると、そこにはよく知った顔があった。
「こんにちは」
「おわっ」
いつも通りの登場なのだが、全く気配を感じさせないだけについ驚いてしまう。
「すみません、驚かせましたか」
「や、まぁ平気だけどよ」
「なら良かったです。青峰くんはお元気……そうですね」
すっと上から下まで観察され、色素の薄い瞳が細められた。
「おー。テツも元気そうだな」
「おかげさまで。黄瀬くんもお元気ですか?」
「さぁ。あいつはいつでも元気なんじゃねぇの」
「さぁ、って。一緒に住んでるじゃないですか」
遠慮無く責めるような口調でテツが言う。何となく居心地が悪くて、頭をぽりぽりとかく。
「でもそんなに顔合わせねーしな。そういやここ三日くらい見てねぇわ」
「黄瀬くん、忙しそうですもんね。この前のテレビ見ましたよ」
「テレビ?」
「航空系の特集で、黄瀬くんがインタビューを受けてましたよ。知らなかったんですか」
「……聞いてねぇ」
撮影だなんだと予定が入っていることは知っていたが、それがどこでどう使われているかまではよく知らない。テツには連絡がいっていたのだろうか。
はぁ、と呆れたといわんばかりの溜息を吐かれた。
「なんだよ」
「いえ、黄瀬くんが可哀想だなぁと思いまして」
「どういう意味だ」
「そのままの意味です。青峰くんはもう少し、黄瀬くんに優しくしてあげた方がいいと思いますよ」
「別に酷くなんかしてねーよ。ていうか、俺はそろそろ出て行くし」
「その言葉、一年前にも聞きましたよ。……あぁ、そろそろ行きますね。黄瀬くんによろしく伝えて下さい」
「おう。そっちは火神によろしく」
ひらひらと手を振って別れる。子供たちの集団の一番うしろにテツがついて、横断歩道を渡っていった。
ふっと小さく息を吐く。つい先日、桃井にも似たようなことを言われた。まるで俺が黄瀬に対して酷いことをしているような説教をされるが、別にそんなことはないはずだ。俺も黄瀬も好きにやっていて、その結果がこれだからいいではないか。出て行く気だって一応ある。それを未だに実行に移せていないのは、楽なのがいけない。
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