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110927 はじめてのお泊り(空♀折♀)

 自分の家よりも幾分か広いシャワールームに入って、深呼吸と共にようやく肩の力を抜くことができた。一緒にシャワーを浴びようと言い張るキースさんに全力で懇願して、少しだけ一人になれる時間を作った。
 今日は初めてキースさんの家にお邪魔しているのだが、ずっと緊張してしまって夕飯の味もろくに分からなかった。キースさんの隣にいることに大分慣れたと思っていたが、環境が変わるだけでこんなにもドキドキしてしまう。明日も一日予定を空けて、お泊まりをするせいもあるかもしれない。
 好きに使っていいと言われたシャンプーを借りて泡立てると、キースさんの髪と同じにおいがして一人でまた赤くなった。あたり前ではあるけれどキースさんの家はどこもかしこもキースさんの気配であふれていて、どこも落ち着ける場所がない。
 シャワーを終えて、キースさんが用意してくれたバスローブに袖を通す。しかし体格差のせいで肩幅も袖もいくらか余ってしまう。胸元がどうしても心許ないが、さすがにさらしを巻くのははばかれるので、念のためもってきていたタンクトップを下に着た。

「キースさん、シャワーありがとうございました」
 ソファでジョンとくつろいでいたキースさんに声をかける。
「はやかったね。私のバスローブでは少し大きかったかな?」
 くすくすと笑いながらキースさんがバスローブの肩らへんを少し直してくれた。
「私もすぐに入ってくるから少しの間ここでジョンと一緒に待っていてほしい」
「ゆっくりで大丈夫ですよ。ぼくは逃げませんから」
「しかし少しでも長く一緒にいたいからね。行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
 キースさんはぼくの濡れた髪にキスをひとつ落として、本当に急ぎ足で廊下に消えた。
 言われた通りソファに腰をかけ、じゃれてくるジョンの相手をしながら携帯を開く。ブックマークからブログの投稿画面を呼び出して編集をする。タイトルは「?宣/」、本文は「今日はスカイハイさんの家にお邪魔しているでござる!拙者、今日が初めての訪問故、ドキドキでござるよ。――」最後に家に来たときに撮った夜空の写真を添付して、投稿完了。スカイハイさんのファンで少しブログが炎上してしまうかもしれないが、それでも今日はこのことをブログに書きたかった。
「おまたせ! そしておまたせ!」
 タイミングよくキースさんが帰ってきた。ぼくには大きいバスローブも、キースさんが着るとぴったりだ。
「おかえりなさい。でもまだ十分もたってませんよ」
「私にとってはとてももどかしい十分だったよ」
 シャワーに行ったときと同じように髪にキスを落とされる。でも今度はキースさんの濡れた長い髪から雫が降ってきた。
「キースさん、ドライヤーありますか? そのままじゃ風邪ひいちゃいますよ」
「あぁっ、イワンくんの元に早く戻りたい一心で忘れていたよ。少し待っておくれ」
 そう言うとキースさんは一度ぼくから離れて、首にかけていたタオルを頭の後ろにもっていった。何をするんだろうと見ていると、ぶわりと強い風がキースさんの顔周辺を吹き抜けた。一気に髪の水気がとび、普段と大差ない、少し癖のあるロングヘアーになる。
「おぉっ……」
 そういう使い方も出来るのかと、思わず感嘆の声をあげる。さすがクイーン・オブ・ヒーローだ。
「イワンくんにもやってあげよう」
「お願いします!」
 わくわくしながら、強風に備えてぎゅっと目をつむった。しかしぼくが次に感じたのは強風ではなく浮遊感だった。
「わっ」
 びっくりして目を開けたところで、ソファに座ったキースさんの膝の上に横抱きで下ろされる。片腕でしっかりと腰を捕まえられているから逃げ出すことは出来なさそうだった。
「キースさん?」
「じっとして」
 春のそよ風のようなささやかな風が、キースさんが触れた髪の隙間を通り抜ける。一房ずつ丁寧に乾かされていく。
「イワンくんの髪はいつも手触りがよくて綺麗だね」
「そ、そんなことないです。ぼくはキースさんの髪の方が素敵だと思います……程よくこしがあって綺麗なウェーブで」
「そうかな? 私はイワンくんほど美しいプラチナブロンドを見たことがないよ」
 本人にそのつもりはなくても、さらりと口説き文句を口にされて頬に熱が集まる。つい俯いてしまうと、頭をふわりと撫でられた。
「おわったよ。さて、なにをしようか? しかしもう十二時をまわってしまうのか……帰ってきた時間が遅かったとはいえ、楽しい時間はあっという間だね」
「本当ですね。キースさん、疲れてませんか? 明日のお休みのために今日は朝早くから夜遅くまで仕事していらしたんでしょう?」
 ぼくとしては、楽しかったというのもあるけれどそれ以上に緊張でよく分からないまま時間があっという間にすぎていってしまったというのもある。いつもよりほんの少しだけ疲労を感じさせる目元をそっとなぞると、キースさんは少し考えこむように首を傾げた。
「うーん、どうだろう。でも明日の予定もあるし、今日はもう休むかい?」
「ぼくはその方がいいかなって思うんですけど……」
「ではそうしよう」
 キースさんはそう言うなり、ぼくを抱えたまますくっと立ち上がった。びっくりして思わずキースさんのバスローブを握りしめる。
「キッ、キースさん、おろして下さいっ」
「大丈夫だよ、すぐそこだから」
「そうじゃなくてっ」
 バランスを取るためにどうしてもキースさんにぴたりとくっつく形になってしまい、心臓が口から出るんじゃないかというくらいばくばく言っている。多分持ち上げるのに能力も使っているのだろうが、重たいと思われているんじゃないかと気が気ではない。
 ベッドサイドにおろされて、ほんの少しだけほっとした。時間にしては本当にすぐだっただろうが、ぼくにとってはおそろしく長く感じられた。
「じゃあ寝ようか」
「えっ、キースさんもここで!?」
「もちろん。ここは私のベッドだしね」
 運ばれていた間は目をつむってしまっていたから気がつかなかったが、振り返れば確かにキングサイズの立派なベッドだった。
「ぼくは、その、別のところでいいですっ」
 お泊まりをするといっても、てっきり寝る場所は別々だと思い込んでいたものだから、ぼくの頭は混乱を極めた。
「よくない、絶対によくない。シャワーのときは折れたけれど、今度は譲らないよ。泊まりなら一緒に寝るのが当然だろう」
 思春期の頃にろくに女友達がいなかったぼくは、正直お泊まりのときにどういった形で寝るのが普通なのかよく分からない。いやもしかしたらキースさんは恋人として一緒に寝るのが当然と言っているかもしれないが、正直キースさんにその気があるとは思えない。
 絶対に逃してはくれなさそうなキースさんを前に、ぼくは心の準備を整えることも出来ず、幸せすぎて今日が命日になってしまうのかもしれないと思考がぐるぐるした。
 ただでさえいっぱいいっぱいになっているのに、キースさんがその混乱に拍車をかけるごとく、唐突にバスローブをばっと脱ぎ捨てた。
「きゃあああぁ!!!」
 ほぼ反射的とはいえ、色気もへったくれもない悲鳴をあげた。ロッカールームなどでも大胆に着替えるところがあるが、いまは決してそんな場面ではなかった。
「どうかしたのかい?」
 何も気にするところがない様子のキースさんは、豊満な胸を隠すことなくそう尋ねてきた。当然その胸を凝視するわけにもいかず、視線を精一杯下に落としてなんとか口を開く。熱をもった顔が熱い。
「なんで脱ぐんですかっ」
「寝るときは脱ぐものだろう?」
「脱ぎません!!」
「パンツはちゃんとはいているよ?」
「そういう問題じゃありません! なんで脱ぐんですか!」
「素肌の方がシーツに触れたとき気持ちいいんだよ」
 いつもより大きな声を出して問い詰めたからか、キースさんはしょんぼりとした声色でそう答えた。常々感じているところだが、キースさんはぼくの理解できない範疇の観念で行動している。
 呆然とベッドサイドに座り込むぼくをキースさんが軽々と立たせ、勝手にバスローブのひもを解いた。抵抗する気力もなく、下にタンクトップも着ているしもういいかと身を任せる。しかしその手がタンクトップにものびてきて、さすがに手を押しとどめた。
「それはだめです!」
「気持ちいいのに……」
 キースさんはまたしょんぼりしたが、さすがにすぐに引き下がった。そして先にベッドに潜り込んで、真ん中らへんまで移動した後、ぼくに向かって腕を広げてくれる。
「おいで」
 甘やかな声でそう言われると、さっきまで散々下らない言い合いをしていたにも関わらず胸がどきどきしてしまう。やっぱりぼくはキースさんが好きで好きでたまらないらしい。
 視線をひかれる胸元は一切無視を決め込むことにして、その腕の中に潜り込んだ。腰を抱き寄せられて、反対の手ではゆっくりと髪を撫でられる。視線が合うように顔を上げると、おそろしいほど近くにある顔が更に近づいてきた。キースさんが何をしようとしているのか分かっているので、逃げずにじっと待ち望む。
 唇が触れ合ってすぐに入口を舌でつつかれ、それに従って口を開けるとキースさんの舌が入り込んできた。付き合って一ヶ月、キースさんはスキンシップが好きだからそれなりにキスも回数を重ねてきたけれど未だに慣れることがない。
「ふぁ……ん、んっ」
 上顎をなぞられて思わず身体が震えた。おやすみのキスにしては深いけれど、キースさんとしてはそのつもりなのだろう。しかしそんなことよりも一枚の薄い布ごしに胸がふれあって、足をすり合わせそうになるのを堪えるのに必死だった。キスするときはいつも胸がくっつくけど、なんていうか、感触が全然違う。この心臓のばくばくもキースさんに伝わってしまっているのだろうか。濃厚なキスの最後に、仕上げとばかりに二人を繋いだ銀色の糸を唇に吸い付くように切られる。
 ぼくはすっかり息があがってしまって肩を弾ませていたが、キースさんはなんてことない様子で額にキスをひとつ落とした。
「おやすみ、イワンくん」
 腰を更に引き寄せられて、キースさんの肩口とも胸ともいえない微妙な位置に顔が埋まる。いつもより深いキスにちょっとだけ期待してしまったけど、やはりそれ以上の何かがあるなんてことはなかった。少しでも期待した自分の浅ましさが心苦しい。
 大人しく寝ようと思い目をつむったが、耳元で規則正しいキースさんの呼吸が聞こえてきて気が気じゃない。ただでさえこの抱き合っている体勢が体勢なので、とてもじゃないけど眠れる気がしなかった。
 落ち着くために頭の中で般若心経を唱えはじめたところで、腰まわりにあたたかいものが触れて身体がはねた。
「きゃっ」
 ワンテンポ遅れて、それがタンクトップをまくろうとするキースさんの手だということに気がついた。胸より上にまくられる前に、タンクトップを押さえて必死の抵抗を示す。
「な、なななにを」
「せっかくイワンくんを抱きしめているのにタンクトップが邪魔だ! そして邪魔だ!」
「邪魔じゃないですっ」
「絶対に素肌の方が気持ちいい! その証拠に足の方が気持ちいいだろう?」
 気持ちいいとか気持ちよくないとかそういう問題ではなく、このタンクトップは最後の防御壁として必要なものだ。絡まる素足については今まで頑張って意識しないようにしていたんだから言わないでほしい。自分が涙目になっていくのを感じながら、頭を横に振って拒否を示す。
「イワンくん、何事もチャレンジだよ! やってみる前に諦めてしまうのはとてもよくない! よくないとても!」
 キースさんはそう言い切ると、身体を青く発光させて能力を発動した。スカイハーイというこの状況に全くそぐわない決め台詞と共に、ぶわっとタンクトップが上までまくれ上がる。直に触れ合う胸の弾力に頭が真っ白になって、もう声も出なかった。その間にキースさんはぼくの脱がせたタンクトップをベッドから床へと放り投げていた。
「これでよし!」
 どんな男性でもくらっと来てしまうであろう明るい笑顔を向けられたけれど、いまのぼくには何の効果もなかった。だって、何ひとつよくない。
 キースさんが先ほどと同じようにぼくの身体を抱き込む。遮るものがなくなった胸が二人の身体の間で押しつぶされてぐにゃりと形を変える。
「イワンくんの胸は柔らかいね」
 なに言ってるんですか、ということもできず、ただ借りてきた猫のようにぼくはキースさんの腕の中で硬直していた。
「では今度こそおやすみ」
 頬にキスを落とされ、キースさんは本当にすぐ寝入ってしまった。
 ぼくはどこに手をまわせばいいのかも分からず、この刺激の強すぎる体勢に参っていた。しかしこんな状態で即寝できるキースさんは、もしかして本当はぼくに一切ときめきを感じていないんじゃないだろうか。本来ならものすごく幸せなはずの体勢にそんなネガティブを発動させて、一人悶々とする。どうやら今晩は、泣き寝入りしか出来なさそうだ。

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