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120813 キセキの新体操(総女体化)

 彼女がボールを操っているんじゃなくて、ボールが彼女に引き寄せられている。
 今まで何の興味もなかった新体操を初めて生で見たとき、黄瀬が新体操へ、そして演技をしていた青峰へ抱いた感想だった。ボールと一体の彼女はどこまでも、恐ろしく美しかった。足の爪先から背筋へぞくぞくとしたものが這い上がって、寒くもないのに両腕でぎゅっと身体を抱いた。心臓が早鐘を鳴らして、頬が紅潮した。恋に落ちたのだ。
 いつも通りの昼休み、決して痛くはないボールをぶつけられたのがきっかけだった。笑いながら手を合わせて謝った女子の格好と、拾い上げたボールから、新体操だと分かった。うちの学校に新体操部なんてあったっけと首を傾げながら、ボールを返した。暇だったのでついでにちょっと体育館を覗いてみて、頭をぶん殴られるような衝撃を受けたのだった。
 思いたった黄瀬の行動は早く、その日の午後のうちに新体操部についてリサーチした。そして新体操部が去年新設された部であること。しかも新設したのが同級生、つまり当時一年生であったこと。部員は皆新体操がおそろしく上手く、五人しかいないらしいこと。今年の新入生は選抜テストに合格する者がおらず、誰も入部できなかったこと。ボールをしていたのはおそらく青峰大輝という人であるということ。

 自分じゃ追い抜かせなさそうなすごい人がいる運動部を探していた黄瀬は、放課後に早速新体操部を訪ねた。声をかける前に密かに見て状況を確認する。床マットの上でそれぞれ好き勝手練習をしているのが四人と、端で見守ってるのが一人。本当に部員は少ないらしい。
「すみませーん! 入部希望なんスけどー!」
 大きく一歩踏み出して声を張り上げると、全員が一斉に黄瀬を見た。各個人に存在感があるせいで、思わず一歩後ろに下がりかけたのを、何とか堪える。真っ先に駆け寄って来たのは髪が長くてピンク色の可愛らしい少女だった。しかしその表情は困ったように眉をハの字にしている。
「えーと、黄瀬くん、だよね? その、今は正式には部員を募集してないんだけど……」
 言葉を濁らせながら、後ろをちらりと振り返った。視線を追うと、リボンを手にした髪の赤い少女がやってきた。背は黄瀬よりも幾分か小さいが、整った顔立ちとスラリとしたスタイルを持っている。
「突然の入部希望の理由は?」
「お昼に青峰っちが練習してるのを見て、すごいかっこいいと思ったからっス!」
 我関せずと練習時から一歩も動いてなかった青峰を指差して言えば、青峰はあからさまに顔をしかめた。赤い少女はちらりと青峰を見たが、すぐに黄瀬に視線を戻す。
「新体操の経験は?」
「ないっス。あ、でも身体はけっこー柔らかいっスよ。それに一度見たら大体のことは出来るっス」
「例えば?」
「あー、昼に見た青峰っちのとか、多分出来るっス」
「へえ」
 淡々と質問を投げかけていた少女の赤い目が、そこで初めて面白そうに一瞬輝いた。
「ダイキ、ボールを貸してやれ」
「えー」
 口調こそ不満げだったが、逆らう気はないらしい。すぐに持っていたボールを黄瀬に投げてよこした。マットの上でなりゆきを見守っていた他の部員も、静かに場所を黄瀬に明け渡した。
 上履きを脱いで、マットの上に立つ。体操服ではなく制服だけど、女子校だしスパッツもはいているし、大した問題ではない。大きく息を吸って、頭の中で昼間見た光景を自分の中のイメージと重ね合わせる。それだけで高揚感に胸が躍った。いける、と判断してマットを蹴る。
 二、三歩助走をつけて、ボールを投げ上げる。そのまま側転とバク転をして、腕を伸ばす。ボールはぴたりと、黄瀬の予想した通り手の中に納まった。我ながら上手くいったと、頬が緩む。
「どうっスか!?」
 キラキラした表情で黄瀬は顔をあげたが、見守っていた人たちの反応は黄瀬が期待したものとは違った。赤い少女は神妙な顔つきだったし、ピンクの少女は目を丸くしていたし、青峰に至っては苦虫を噛み潰したような表情だった。
「あれ、だめっスか……?」
 てっきり褒めてもらえると思い込んでた黄瀬は、しょんぼりと肩を落とす。
「ええと、だめっていうか……本当に今までに経験ないの?」
「ないっス。ボール触ったのも、昼に青峰っちのボール拾ったときがはじめてで」
「ふむ。ダイキ、どう思う?」
 俺に聞くのかよ、という文句はごく小さな呟きだったがしっかりと黄瀬にまで届いた。
「まー、すごいとは思うけど。でも正直、むかつくわな」
 後半の言葉はぐっさりと黄瀬にささったが、笑いながら言われたのでそこまでのダメージにはならなかった。赤い少女はふむ、と顎に細い手を添えてしばし考える素振りを見せた。
「初心者なら、最低限のことを教える者が必要だな……テツヤ、しばらく面倒を見てやれ」
「……赤司くんがそう言うなら、分かりました」
 声が近くから聞こえたが、姿が見当たらず黄瀬はきょろきょろとあたりを見回した。
「ここです」
「わっ!」
 気づけばすぐ右隣に物凄く地味な少女が立っていた。黄瀬が確認したなかには入っていない。
「い、いつから!?」
「ずっと初めからいましたよ。黒子テツヤです。そういう訳なんで、よろしくお願いしますね、黄瀬くん」
「てことは、入部していいんスね!?」
「面白そうだから、特別に許可するよ。ただしうちは色々と特殊だから、ルールには従ってもらう。泣き言も聞かない。そして何より、勝ってもらう」
「はいっス!」
 びしっと、敬礼のポーズをとって黄瀬は答えた。
「マジかよ……」
 眉を潜めて呟いた青峰に、黄瀬はにっと笑いかける。改めて青峰に向き直って、ボールを返す。
「青峰っちがやってたの見て、ほんと俺、感動したっス! これからよろしくっス!」
「よろしくしたくねー。つか、さっき突っ込み損ねたけど何だよその青峰っちって」
「あ、俺尊敬してる人はなんとかっちって呼ぶことにしてんスよ。だから青峰っち」
「ぜんっぜん尊敬されてる気がしねーわ」
「してるっス!」
「まー精々がんばれよ。がんばんなくてもいいけど」
 青峰の手がぐしゃぐしゃっと黄色い頭をかき混ぜた。がんばるっスよ、と言い返しながら黄瀬が今日一番の笑顔を見せた。
 後に大会荒らしのキセキと呼ばれるメンバーが揃った瞬間の話である。
 

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