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110923 かなわないものふたつ(文仙♀←伊♀/大正パロ)

※文次郎が軍人で仙蔵と伊作が女学生

 

 文次郎が赴任先からようやくしかも無事に帰ってきた、という知らせを仙蔵からきいたぼくは、仙蔵と一緒に文次郎の家を訪れた。文次郎は庭で竹刀をふるっていたためすぐに見つかった。今日は休みらしいが、それでもじっとしていられないのだろう。
「伊作、久しぶりだな」
「ちょっときて。話がある」
 挨拶もそこそこに、文次郎の服の袖をひっぱった。後ろで仙蔵が不思議そうにぼくの名を呼ぶ声がきこえる。
「悪いけど仙蔵はついてこないでね」
 ぼく達を追おうとしていた仙蔵はその場でたたらを踏んだ。なにがなんだか分からないという顔をしている文次郎を玄関の内側までひっぱっていき、引き戸を閉めて鍵もかけてから向き合った。気づかれない程度に息をゆっくり吸って、はく。
「遅い!」
「は?」
「は?じゃないよ!帰ってくるのが遅すぎるって言ってるの!」
 文次郎は困った風に少しだけ首を傾げた。一対一で対峙すると見上げなくてはいけないため、首が少しだけ悲鳴をあげている。
「そう言われてもなあ。帰国云々はおれの裁量でどうこうできるものではないし」
「それにしたって、ろくに連絡も寄越さないでひどいよ!文次郎は当然知らないだろうけどね、その間に仙蔵はくる見合いの話を全部断って、近所でどんなに悪い噂が流れても毅然として、けどやっぱり仙蔵だって不安になったのに、それでも健気にきみの帰りを待ってたんだよ!仙蔵が、どんなに、」
 どんなに辛かったか知らない癖に。分からない癖に。言葉は最後まで声にならずに、代わりに嗚咽となった。涙は理論的な説得力を持たないことを知っている。だから泣きたくなんてないのに。
 何も知らずに平然と帰ってきた文次郎に仙蔵をとられてしまう。でもその悲しみ以上に、毎日仙蔵に会いに行ける理由がなくなってしまったと考える自分に絶望した。
「……そうか、ありがとう。その間に一緒にいてやってくれて。おい、泣くなよ」
「仙蔵が泣かないからかわりに泣いているんだ」
 止めようと目に力をこめるのに、涙はほろほろとこぼれ落ちていった。
「おまえが泣いてたら俺が怒られるだろうが、仙蔵に」
「怒られればいい」
「……それも、そうだな。でもお前が泣くと仙蔵が悲しむ。だから泣くな」
 仙蔵の名前を出されて、ぼくの涙は一瞬だけ引っ込んだ。しかし、反動のように今まで以上に涙がはらはらと溢れてきた。もう止め方なんて分からない。人の気も知らないで、なんてことを言うんだ。
「おいっ」
 文次郎が焦った声をあげたが、ぼくの気にするところではない。むしろ困らせてやりたい。文次郎がどれだけ仙蔵を大切にしているかを知っていることが、こんなにも辛い。文次郎のその優しさを好ましくなんて、思いたくないのに。でも自分だったらそもそも仙蔵にこんな思いをさせないのに、と叶わないもしもを思い描きながら、同時に文次郎にはどうやったって適わない自分を自覚していた。

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