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110925 かき氷(文仙/現パロ)
燦々と太陽が照りつけるなか汗だくになりながら自転車をこいで帰ってくると、部屋は極寒になっていた。ドアを開けた瞬間に思わず身震いしてしまったほどだ。
「何やってんだ!」
仙蔵が悠々と寝っころがっているソファの背を思い切り蹴り飛ばしながら怒鳴る。机に投げ出されたクーラーのリモコンを手に取ると、設定温度が十八度になっていた。
「なんだこの設定温度は!」
家を出るときには確かに二十八度に設定してあったはずだ。温度をなおしていると、仙蔵がむくりと起き上がった。その顔は文字通り涼しそうである。
「別にいいだろう。涼しくなったら戻したさ。それよりかき氷は」
ずいっと伸ばされた手にファーストフードのビニール袋を握らせる。
「ほら、これでいいだろう」
「うむ、確かに」
仙蔵は嬉々として自分の分のいちごとスプーンだけを取り出して、残りは横に投げ出した。
二人で一つの部屋にいれば節電だ、とか訳の分からないことを言いながら仙蔵は家にやってきた。そこで我が物顔でテレビをつけ、CMでファーストフードのかき氷が流れたとき、これが食べたいと言い出した。不意打ちでじゃんけんをさせられ、為す術もなく負けてしまったおれは、駅前まで買い出しに行かされたのであった。
仙蔵の隣に腰をおろして、放り出された紙袋から自分の分のブルーハワイとスプーンを取り出した。仙蔵がおれを待つはずもなく、もう早速一口目を口に運んでいる。おれも続いて自分の分を口にする。キンとした冷たさが口いっぱいに広がって、氷が一瞬で溶ける。
「夏はやっぱりかき氷だな」
そう口にして隣を見ると、仙蔵は左手でこめかみを抑えて少し前かがみになっていた。
「おい、どうした?」
「頭が痛い」
「そりゃかき氷だから当然だろ」
仙蔵はもう一口だけ口に運んだが、それでスプーンをおいてしまった。
「もういい」
頭を押さえながら、ピンク色のかき氷をおれの方によせてきた。三口しか食べられていないかき氷は、当然まだ山盛りだ。
「もうちょっと食えって。頭痛なんてそのうち気にならなくなるから」
スプーンで氷をすくって、仙蔵の口の前に持っていく。促すと、渋々といった様子ではあったが口を開けたのでそこに咥えさせる。仙蔵が浮かない顔をしている隙に自分の方を食べ進めた。
「よくそんなにパクパク食えるな」
「別に普通だろ。そもそもかき氷は頭がキーンとするのが醍醐味なんじゃねぇか」
「そうなのか?」
「そうだろ。さてはおまえ、たいしてかき氷食ったことがないのか」
「あぁ」
素直に肯定する仙蔵に、やっぱりと納得する。そういえば随分長い付き合いになるが、一緒にかき氷を食べた記憶はない。アイスなら何度かあるだけに、少し意外だった。
仙蔵はちまちまと氷をつついていたが、やはりあまり食べる気にはなれないらしい。プラスチックの容器の側面にどんどん水滴が浮いてくる。
「食わないなら冷凍庫に入れとけ」
「んー……おまえが食べさせてくれるなら食べてもいい」
「ばっかたれ!」
なんで上から目線なんだよとか、どう考えても食べにくいだろとか、そういった冷静な突っ込みの前に声を上ずらせてしまった。仙蔵が横目でおれを見て、ふっと笑う。
「冗談に決まってるだろう」
またからかわれたという気まずさと共に、真っ青な氷をまた一掬いする。口を開けたときに仙蔵がまじまじと見つめてきた。
「なんだ」
「舌が水色になってる」
「おまえだって色がついているだろう」
「ほんとか?」
仙蔵がべっと舌を見せてきた。白い肌より赤みのある唇の、それよりも赤い舌に心臓がはねる。それは人工着色料によるものではない。
「……かき氷の色が元々ピンクだったな」
「なんだつまらん」
仙蔵がほんの少し唇を突き出して口を閉じる。すっかりかき氷への興味は失われてしまったようで、形だけでも握っていたスプーンを手放してしまった。
一方おれは最後の一口を掬い取り食べた。口の中はキンと冷たかったが、頬が熱いのは気のせいだろうか。
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