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111018 mellow mellow (兎♀折♀)

 折紙先輩をショッピングに連れて行くこつは、ショッピングに行きましょうじゃなくて、ショッピングに付き合って下さいと言うことだ。ぼくの買い物、ということを強調してやってきた煌びやかな店内の奥でぼくらは先程から押し問答をしていた。
「バーナビーさん……」
「どうしました?」
「これ、本当に着なきゃだめなんですか?」
「だめです」
 試着室の扉の向こうから聞こえる泣き言に、きっぱりと返事をする。うぅ、と唸る声がしたが、それも無視した。いま先輩はぼくが選んだ薄紫のベビードールと試着室に押し込まれて立ちつくしている。
「やっぱり一緒に入りましょうか?」
「それはいやです!」
 今度は逆にきっぱりと断られて溜息をついた。ベビードールといっても、胸元はシースルーじゃないしフリルも多めで、かわいいキャミソールといっても許されるようなものだ。
「バーナビーさん……」
「なんですか?」
 再度か細い声で呼ばれて、極力優しい声で答える。
「着たんです、けど、あの、見せなきゃだめですか?」
「だめに決まってます」
「でも似合わないし」
「ぼくの見立てに間違いはありません」
「でも……」
「扉を開けて下さい」
 また終わりのない押し問答になる前に、試着室のドアを軽くノックした。簡易ではあるが鍵がついているため外からは開けられない。しばしの沈黙が訪れた後、かちりと鍵がまわる音がした。小さく内側に開かれた扉の隙間に手を差し込んで、無理矢理奥へと押した。さっと扉の影にひっこもうとした先輩の腕を掴み、白い身体を目の前に晒す。上がベビードールで下がいつものショートパンツというちぐはぐな格好ではあるが、程よく露出した胸元といい腰回りのすけ具合といい、思い描いた通りだった。胸元を隠すように抑えている両手が邪魔ではあるが、それはいまは妥協しよう。
「やっぱりよく似合ってる」
 褒めても先輩は本気にしていないようで、顔を赤く染めながら首を横にふるふると振った。
「ほんとですよ? サイズはどうですか?」
「ちょうど、ですけど……これ、買うんですか?」
「勿論」
「こんなの着ないです」
「無理にでも着させます」
 屹然とした声で言うと、先輩は困ったように眉を潜めた。困惑は十分に感じ取れたが、気にせずに足元においておいたかごを差し出す。
「次はこれを着て下さい」
 ずいっと差し出したかごを反射的に受け取った先輩は、更に眉を八の字にした。かごの中にはブラジャーが2つ入っている。
「あの、下着なら持ってますよ?」
「サイズの合っていないのをね」
「なっ! なんでバーナビーさんが知ってるんですか!?」
「誰が脱がせてると思ってるんですか?」
 しれっと答えたら先輩は耳まで真っ赤にさせて、ぱくぱくと口を開閉させている。その様子に満足して、ひとつ質問をだした。
「なんで無理矢理小さいものをつけてたんですか?」
「だ、だって、今のならぎりぎり普通のサイズだけど、一個あげたら大きいサイズの部類になっちゃうじゃないですか!」
 涙目になりながら必死で訴えてくる先輩は可愛いが、その内容にはうっかりこめかみがひくりと震えた。
「先輩、ぼくに喧嘩を売ってるのでなければ素直に試着して下さい。サイズがあってると思っても見せて下さいね、チェックしますから」
 いやいやと首を横に振りながらかごを押しつけ返そうとしてくる先輩をまた試着室に押し込むように扉を閉めた。携帯で時計を確認すると、試着室を使いはじめてから十分以上はたっていた。次は何分かかって出てくることやら。


 


 ひのきの香る日本風の浴槽は、普段のバスタイムとは一味違うまったりとした空間を作り出している。入浴剤が投入されたお湯は碧色にたゆたっている。湯船の真ん中あたりからもっと奥に視線をやると、先輩はよりいっそう背を丸めて膝を抱えた。
「あんまり見ないで下さい……」
 向かい合っているのに見るなというのも無理な話だ。色の付いた湯は先輩の身体をほとんど隠しているが、白い乳房のてっぺんが丸く浮き上がっているのに目が行く。
「別にいいじゃないですか。先輩は胸もあるし」
「よくないです。バーナビーさんてやけにぼくの胸につっかかってきますよね……?」
「羨ましいので、つい」
 ぺったりした色気の欠片もない胸は、思春期の頃からのコンプレックスだ。いつか第二次成長期がくると信じていたが、いつの間にか成長期は過ぎ去っていた。いつもなら人にこんなことは言わないが、相手が先輩となるとつい口から本音も滑り落ちてしまう。
 ぼくにとっては思い切った一言だったにも関わらず、先輩はきょとんとした表情を浮かべていた。
「なんでですか? ぼくはいまのままのバーナビーさんが好きですよ」
 飾り気のないストレートな言葉を恥じらいもなく伝えられて、ぶわっと胸が震えた。本当は今すぐにでも抱きしめたい衝動を堪えて、噛み締めるように彼の名前を呼ぶ。
「折紙先輩」
「はい?」
「好きです」
「ぼくもです」
 はにかみ照れながらもそう返してくれる先輩に愛しさがこみ上げる。頬に熱が集まるのを感じて、ここが風呂場でよかったと心底思った。


 お風呂をあがると、先輩はそそくさと浴衣を着はじめてしまった。ぼくの分も用意してあるというので、アンダーウェアだけつけて髪を乾かしながらゆっくり待つ。
「バーナビーさん、これ」
 藤色の浴衣を着こなした先輩に控え目に声をかけられ、緋色の浴衣を差し出された。はじめて見る浴衣姿にドキっとしたが、いまはそれ以上に目の前の浴衣が気になる。この色のチョイスはおそらく先輩自身のためではないだろう。
「これは……もしかして、ぼくのために買ってくれたんですか?」
「えと、ぼくのじゃバーナビーさんには丈が足りないので……それに、似合うと思って」
 少しうつむいて恥ずかしそうに告げる先輩のつむじにそっとキスを落とす。
「嬉しいです、すごく」
 少し高い視点から見ると、浴衣と背中の間に隙間が出来ていて、この目線からだと肩甲骨が見えそうなほどだった。
「先輩、背中が見えてますよ」
 自分では気づいてないのかな、と思ってぐいと襟をひっぱってあげた。
「きゃっ」
 そのせいで襟ぐりが大きくなって真白い胸の谷間が現れ、自分でやったことだけれども予想しなかったことに驚く。慌てて先輩が胸元を抑えたが、この視点からだともう既に見えたあとだ。浴衣はこんなあやうい衣服なのかと生唾を飲み込んだ。
「これは、こういう着方であってるんです!」
「えっ、そうなんですか? それは、その、すみませんでした」
 顔を赤く染めながらぽこぽこ怒る先輩に謝罪を入れる。ぷくっと頬を膨らませてみせたが、すぐにふっと笑みにかわる。それにほっとしながら、謝罪の意味をこめて緩んだ頬に口づけた。

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