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111007 年頃なので(龍♂折♀)

 抱きしめても擬態されなくなった。キスをしても逃げられなくなった。深いキスをしても拒否されなくなった。そして何より笑いかけてくれるようになった。
 折紙さんをここまで懐柔するのに約半年、地道な努力と我慢を積み重ねてきた。そしてぼくは、そろそろ次のステップに進みたいわけなのだけれど。
「ちょっ、ちょっと待って……!」
 キスの合間にそっとタンクトップの内側に忍ばそうとした手に気づいた折紙さんが、焦った顔でストップをかけた。しつけのなってない犬じゃないから、待てと言われればちゃんと待てる。しかしこう何度も同じように拒否されるとさすがに傷つく。やや覆い被さるような体勢で、つい低めの声を出してしまった。
「ちょっとって、どれくらい? あとどれくらい待てばいい? やだ? したくない?」
「えっと……」
 綺麗なアメジストが困惑と不安に揺れて、畳の上で小さな手がぎゅうと拳をつくった。戸惑う折紙さんを見て、すぐに後悔の念に襲われた。いつものように、いいよって優しく頭を撫でてあげるべきだった。一度深く息を吐き出して、優しい声色をつくる。
「ごめん、意地悪いっちゃった」
 後ろ手の支えをなくせばすぐに倒れてしまいそうな折紙さんの身体を抱き起こして、肩口に頭がくるようにぎゅうと抱きしめた。こうして頭を撫でてあげると彼女が一番安心することを知っている。
 決して困らせたいわけじゃないのに、逸る気持ちを抑えきれない自分の子供っぽさに嫌気がさす。年頃なのでそういったことに対する興味も欲求も尽きないけど、うまくコントロールしないと。

 

 今日はナターシャに頼みこんで、折紙さんと二人だけで夕飯を食べに行く約束をしている。ロッカールームで私服に着替えて、軽い足取りで談話室(?)へ向かう。折紙さんはもう先に来ていて、ソファの上で熱心に柔軟体操をしていた。足裏を合わせて膝を広げ、上半身を前に倒した姿勢をキープする折紙さんにそっと近付く。目の前に立つとさすがにぼくに気づいた折紙さんが顔だけを上にあげた。そうすることでブロンドの髪に隠されていた胸元が現れる。元々ゆるいタンクトップを着ているうえに前屈みになっているせいで、上から見ると白い素肌は余計に露出していた。柔らかそうな膨らみとその間の谷間が僅かに視界に入る。
「下着見えちゃうよ」
 笑いながら軽くタンクトップの胸元をちょいと引っ張った。
「ひゃっ」
 折紙さんは過剰なほど反応して、両腕でばっと胸を隠した。その直前に肌よりも更に白い布が目に入った。
「み、みた……?」
「……スポブラ?」
「わーっ!!」
 上目遣いで聞かれた質問に答えたにも関わらず、それを遮るように折紙さんが叫んだ。顔が茹で蛸みたく真っ赤になって、ここまで赤い顔は久しぶりに見たかもしれないと思った。俯いてしまった顔を覗き込もうとしたところで、後ろから頭に衝撃が加わる。
「った!」
 特段痛かったわけではないが、何事かと後ろを振り向く。そこには両腕を組んで仁王立ちをしたブルーローズさんがいた。
「あんたに悪気がなくてもそれはセクハラよ」
「えー」
「えー、じゃない。ほら」
「イワン、ごめんね?」
 ブルーローズさんに向かっては頬をふくらませたが、折紙さんに対しては素直に謝る。折紙さんは俯いていた顔を少しだけ上げてこくこくと頷いた。ちなみに普段は折紙さんって言うけど、二人きりのときやこういう風に仲のいい人しかいないときはイワンって呼ぶようになった。
「ていうか、あんたイワンがスポブラって今まで知らなかったわけ?」
「うん、だってまだ」
「あーっ!!」
 見せてもらえてないし、という言葉は折紙さんの悲鳴で遮られた。ブルーローズさんは呆れ顔でぼくと折紙さんを交互に見る。
「だから早く普通の下着買いなさいって言ったのに。私が一緒に買いに行ってあげるからって散々誘っても全部断るし」
「だってあんなお店に入るなんて無理だよ!」
「あんな、ってただのランジェリーショップじゃない」
 最早半泣きになってぶんぶんと首を横に振る折紙さんとは対照的に、ブルーローズさんは深くため息をつきながら首を横に振った。やってらんない、という呟きを残してブルーローズさんが去っていく。ぼくは涙目になってしまった折紙さんを宥めすかして、なんとかその場を乗り切った。

 

 ナターシャの監視があるから、基本的にぼくの家には人を呼べない。だから外のお店以外で二人きりで会おうとすると必然的に折紙さんの家になる。いつもはわりと気軽に遊びに行きたいって強請るのだけれど、いまそれを言ったら身体目当てみたいに思われるかなぁと思うとなかなか言い出せなかった。しかし夕飯を一緒に食べに行こうという話になったとき、珍しく折紙さんが自分から家に誘ってくれた。勿論断る理由はないので喜んでその話にのった。
 ただし今日は何もしないと心に誓った家にお邪魔する前。でもいい雰囲気になっちゃってキスまでと決めて手を出したさっき。だけどやっぱりキスしたらもっと触りたくなってしまったいま。下にいきたがる手を理性を総動員して抑えて、柔らかい唇からそっと離れる。折紙さんが何か言いたそうな瞳でじっと見つめてきた。
「どうかした?」
「あの、この前の話だけど」
「この前?」
 いつのこの前だろうと記憶を辿る。そんな重要な話をしただろうか。顔だけじゃなく耳や首筋まで赤く染めた折紙さんが、蚊のなくような小さな声で言葉を紡いだ。
「い、いやとかしたくないとかじゃ、なくて、ただどうしても恥ずかしくて、その……ごめんなさい」
 言葉から、前回折紙さんの家に遊びに来たときのことを言っているのだと分かった。
「スポブラだったし?」
「ホァンっ」
 あまりにも折紙さんが緊張した面持ちで言うものだから、少し肩の力を抜かさせようと軽口を叩いた。焦った声に笑って、拗ねるように突き出された唇に軽く触れた。わざとちゅっと音をたててから離れる。
「謝んなくていーよ。ぼくの方こそ、ごめんね?」
 今更だけど一言告げると、折紙さんはふるふると薄い色の髪を揺らした。その頭を優しく撫でて、寄せていた身体を離そうと腰をひいた。でもそれより速く、ぼくの袖を小刻みに震える白い手が捕まえた。
「だ、だから、いっ、いやじゃ、ないから……。今日は、スポブラじゃないし……」
「……いいの?」
 血の気のひいた手とは反対に、顔は風邪じゃないかというくらい真っ赤に茹だっている。その緊張がうつったように、ぼくの声まで少し震えてしまった。最終確認の言葉におずおずと頷く姿がかわいくて、噛みつくようにもう一度唇をあわせた。

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