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4.5

■ 4に入れようとして入れそびれた母親襲撃話

 ※黄瀬の両親捏造注意

 

 

 

 

 家のドアを開けて黄瀬が身体を中に滑り込ませようとしたとき、鞄を強い力で引かれた。本当に恐怖を感じたとき、人はまともに声を出せない。黄瀬の喉からは引きつれたような音がしただけで、助けを求める叫びにはならなかった。持ち前の身体能力でどうにか一歩たたらを踏むだけで、どうにか転ばずに済んだ。引っ張られた方向に顔を向けると、黄瀬よりも一回り背の低い、怒りの形相をした女性がいた。見覚えがあるようで、でもはっきりとしない。ただ、本能的に凄く嫌な感じがして、背筋がぞくりと粟立った。

「来なさい!」

「いやっス! ていうか、あんた、なに」

 命令口調で叫ぶ女に抵抗して、鞄を身体に引き寄せる。困惑と恐怖がない交ぜになった瞳で黄瀬は女を睨みつけた。途端、女の顔が醜く歪んだ。

「自分の母親の顔を忘れたっていうの」

 どうやら嫌な予感は当たっていたらしい。でも、黄瀬が覚えている訳ない。だって黄瀬は青峰の家に来る前から母親の顔をほとんど見ない生活を強いられていたし、青峰の家に来てからは写真ですら見ていない。面影は何となく覚えていても、久しぶりにいきなり会って、イコールで結びつけられるはずない。

 そんな理屈が激昂している相手に通じる訳もなく、女は大きく手を振りかぶった。やばい、ぶたれる。反射的に強く目を瞑ると、身体を後ろに引かれた。黄瀬が身構えた痛みに襲われることはなかった。

「人んちの前でギャーギャー騒いでんじゃねえよ」

 黄瀬と女の間に青峰が割って入り、振り上げた女の手を浅黒い手が掴んでいる。引っ張り合いになっていた鞄の紐を、青峰が黄瀬の肩から外した。腕から落ちる鞄を青峰に任せて、黄瀬は青峰の広い背に隠れた。ぎゅっとシャツの裾を握りしめて、片目だけで様子を窺う。

「涼を返して! これからは私と暮らすのよ」

「返してって……はいそーですか、っていく訳ねえだろ。今更のこのこ出てきて母親気取りか」

「あなたこそ、しばらく一緒にいたからって、父親にでもなったつもり?」

「何年も放っておいていきなり訪ねてくる親よりはよっぽど親らしいと思うがな」

「随分と庇うじゃない……ああ、もしかして」

 女は口の端を釣り上げた。それがあまりにも下卑た笑みで、ぞっとした黄瀬は青峰のシャツを更に強く握った。これが実の母親であると思うと、嫌悪感が止まらない。

「涼の身体でも気に入ったわけ?」

 ドッ、と玄関に響いた音が、すぐには何か分からなかった。音に引き寄せられるように視線を動かして確認すると、青峰が壁を強く叩きつけた音だった。

「黙れ」

 どこから声を出したのかと思うくらい、地を這うような低い声だった。日頃文句を言っている声など、これに比べたら怒るに入らない。あまりの迫力に、黄瀬は先程とは違う理由で鳥肌が立った。圧倒されたのは女も同じようで、顔を青ざめさせている。黄瀬の位置からでは見えないが、青峰は鬼のような形相をしているに違いない。

 微動だにできない女を玄関に残し、同じく黙っている黄瀬を連れて家に入った。ドアは開けられたままで、女が閉める気配も、かといって帰る気配もない。

「え、ちょっと、青峰っち」

「いいから、おまえはここいろ」

 狼狽える黄瀬を青峰はリビングに留まらせる。大切な小物を入れている引き出しから通帳を取り、玄関へ引き返した。戻ってくる青峰に、女は怯えを見せた。その胸元に通帳を押し付け、はっきりと言い放つ。

「帰れ。もう来んな」

 まだ動けないでいる女を残し、青峰はドアを閉めた。わざと音を立てて鍵をかけ、もう二度と開けるつもりはないことを主張する。

「あーくっそ、胸糞わりい」

 頭をがしがしとかいて、青峰はリビングに戻った。廊下に続くドアの近くから窺がっていた黄瀬が不安げな瞳で見上げてくる。

「ごめんなさい」

「おまえが謝ることじゃねえだろ」

 しょんぼりと肩を落とす黄瀬の頭を、ぐしゃぐしゃと青峰はかき回した。ワンパターンな慰め方だが、これ以外を青峰は知らない。慰めたのに、じわじわと黄瀬の瞳には涙が溜まっていって、青峰はぎょっとした。滅多に泣かない黄瀬にこんな反応をされると、どうしていいか分からなくなる。

「俺、あの人に連れ戻されちゃうんスか……?」

「あんなクソババアなんかにやんねえよ」

「でも、あんなでも、一応俺の母親だから……その、親権、とか」

「んなもん、さつきや赤司らへんがどうにでもしてくれんだろ。心配すんな」

 青峰が慰めても、金色の瞳からは雫が止まらない。ぽろぽろと落ちる涙を小さな両手で塞いで、しゃくりあげる姿が痛ましい。

「俺、ここ、青峰っちの家、いたいっス」

「いればいいだろ。大丈夫だって」

 どう泣き止ませればいいのか途方にくれながら、青峰は薄い背をさすった。今更追い出す気も手渡す気も、さらさらなかった。

 

 

*

 

 

 数日後、黄瀬宛てに一つの小包が届いた。先日の一件のせいでチャイムに敏感に反応しすぎる黄瀬の代わりに青峰が受け取って、黄瀬に渡した。送り主の住所はなく、名前だけが書かれている。黄瀬の母親の名だ。包みは大きくはないが、それなりに質量がある。

「何スかこれ」

「さぁ。開けてみろよ」

「うーん……」

 おそるおそるといった手つきで、黄瀬は包みを開いた。そこには青峰宛ての手紙と、突き返したはずの通帳と、一冊のアルバムが入っていた。

 手紙と通帳を黄瀬から受け取って、手紙に目を通す。つい先日に怒りながら家に突撃してきた人物と同一とは思えない、丁寧な文がしたためられていた。先日のお詫びと、理由と、唯一家に残ってた黄瀬の物を送る旨と、今後も黄瀬をよろしく頼むという内容だった。理由だけが呆れるほど下らなくて、ずっと同棲している相手と一世一代の喧嘩をしたらしい。黄瀬の感情の振れ幅が大きいのは、母親譲りのようだ。

 アルバムをおっかなびっくり見ている黄瀬に二つまとめて差し出すと、きょとんとされた。

「やる」

「え、手紙読んでいいんスか? 通帳は?」

「それもやる」

「いや、やるって、もらえないっスよ」

 黄瀬が返そうとしても、青峰は受け取ろうとしない。何か理由があるのだろうかと思い中を開けてみて、黄瀬は目を丸くした。

「っ、これ、全然使ってないじゃないっスか!」

 通帳には他から振り込まれたことと、利子がついたことの記載しかなかった。つまり、一度も使った形跡がないのだ。日付を見る限りこれが一冊目ではないようだが、おそらくこの前も変わらないだろう。

「使う必要ねえから、やるって」

「もらえないっス!」

 びっくりして、嬉しいのと苦しいのがいっぺんに黄瀬を襲った。だってお金の心配をする度に、青峰はもらっているからと受け逃してきたのだ。それなのにこんな真実があったなんて、ちっとも知らなかった。泣きたい気持ちにすらなるのを堪えて、黄瀬は青峰に通帳を押しつける。

「いらねえって……。んじゃそのうちこれより稼いで引退後の俺を養え」

「……それ、プロポーズっスか?」

「ばか、養えなんてプロポーズがあるか」

 拡大解釈にもほどがあると突っ込みをいれて、置かれていたアルバムを取った。一ページに四枚ずつ差し込むタイプで、ところどころにはちゃんとコメントが書かれている。生まれたときから、四歳か五歳くらいまでで、アルバムは不自然に終わっていた。

「おまえ、小さいとき可愛いな」

「えっ」

 青峰の一言で、黄瀬の顔にさっと朱が刷けた。

「つか、小さいときの方が可愛かったんじゃねえの。今より静かで大人しかったし」

「なにそれ、ひどいっス!」

 小さいときの方だけを褒めると、黄瀬は頬を膨らませた。写真を見れば、別に元々の黄瀬の性格が静かで大人しい訳じゃないことはよく分かる。青峰はちょっとからかっただけで、黄瀬もちゃんとそれを分かっている。適当に見ていると、父親と思わしき人物が黄瀬を腕に抱いている写真が目に止まった。父親と、目の前にいる黄瀬を見比べる。

「おまえ、父親似だな」

「え、ほんとっスか」

 興味を示した黄瀬に、その写真を見せてやる。髪色が同じで、笑った目元がそっくりだった。

「似てる、んスかね……」

 今まで実の父親の顔をほとんど覚えていなかった黄瀬にとって、それは奇妙な感覚だった。まるで実感が湧かないのに、そこには確かに黄瀬と同じ髪色をした男性が笑っている。これが父だと思うと、おなかがむずむずした。コントロールしきれない気持ちを誤魔化そうと、スンと鼻を啜った。何となく、青峰は小さな黄色い頭を撫でてやった。そうしてやりたい気分になったので。

 

 

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