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5(121124)

 

 リビングにはバスケ誌と女性ファッション誌とグラビアが混在して散らばっている。傍から見れば奇妙だろうが、青峰はすっかり慣れてしまった。

 立ち上がるのが面倒なのでソファに寝転んだまま、マガジンラックに腕を伸ばした。何となくの感覚で取ったら、目的のものと一つずれてしまった。可愛らしくみせようとカメラ目線で笑っている黄瀬が表紙のそれを、暇つぶしにパラパラと捲ってみる。ファッション誌の内容は青峰にしてみればどれも似たり寄ったりで、同じような服や小物が季節ごとに紹介されているようにしか見えない。よく黄瀬も飽きずに着て、一々ポーズをとれるものだと感心する。雑誌の半ばには決まって恋愛コーナーがあり、なかなかにえげつない。これを十代女子が読むのは、果たしていいのだろうかと思わないでもない。手に取った雑誌では「モデルの赤裸々恋愛対談」とやらが特集されており、そのモデルには黄瀬も含まれている。細かい文字を追う気になれず何となく眺めたが、赤裸々という見出しに嘘はないようだ。他のモデルに合わせて黄瀬も適当に喋っているらしい。あたかもいくつもの恋愛を経験してきたかのような書き方がされているが、現実はまだ誰とも付き合ったことのないガキだ。事務所の望むキャラ作りをしているのがありありと分かって、おかしくてしょうがない。

 キッチンから水音が止んで、青峰はファッション誌をラックに戻した。代わりに本来見ようとしていた、一週間ほど前に発売されたグラビアの写真集を取った。こちらの方がよほど見応えがある。

「あーおーみーねっちー」

 夕飯の後片付けを終えた黄瀬が、リビングに来て間延びした声で青峰を呼ぶ。青峰の寝転んだソファの頭側に来て、すとんと横のラグに腰を下ろした。

 黄瀬の左の耳元では、青い石のついたピアスが光っている。今年の誕生日に青峰があげたものだ。欲しいものを聞いたら、青くて身に付けられるものと言われた。自ら青峰のものになりたがる愚かさをどうかと感じつつも、何の捻りもなくピアスを選んだ。今は初めに自身で買った、やっぱり青いフープピアスと、青峰があげたそれを、気分で付け替えている。

「お願いがあるんスけど」

 通りで今日は帰って来てからずっとそわそわしていたはずだ。甘く媚びた声に、青峰は嫌な予感しかしなかった。こういうときの黄瀬は碌な事を言わない。そもそも願い事を先に言うのではなく、前置きがくる時点でおかしいのだ。

「断る」

「ちょっ、まだ何も言ってないっス! せめて聞いてほしいっス」

「んじゃ聞くだけな」

 全く聞きたくはなかったが、頬を膨らませた黄瀬に続きを許す。聞いてと言った癖に、黄瀬は口にするのを躊躇った。視線を彷徨わせて、口をもごもごさせる。

「あ、あのね……あの、キスし」

「却下」

「まだ全部言ってないっスよ!」

 やはり碌でもなかったお願いを、黄瀬が言い切る前に青峰は遮り断った。

「言ったも同然だろ。つか、おまえ懲りずにまたそんなこと言ってんのかよ。約束しただろーが」

 約束、と青峰が口にすると、黄瀬はうっと言葉を詰まらせた。約一年前に交わされたそれは、二人の間である程度の効力を持っていた。黄瀬は青峰に好きと告げるだけで、関係性を強請ることを止めた。青峰もあれからほとんど女を抱いていない。絶対にばれないようにならいい、という言葉に甘えて一度だけ遠征中に手を出した。しかし脳裏に黄瀬の泣き顔がちらついて、後ろめたさにとても集中出来なかった。取り敢えず我慢できる間は我慢しようと断ち切っている。案外、別にセックスをしなくても問題なく生きられている。何の執着があった訳でもないのだから、当然かもしれない。性欲を他者を巻き込んで解消するか否かくらいの違いだ。

「そうっスけどぉ……でも、今回はちゃんと理由があるんスよ」

「理由って」

 別に約束を反故にするつもりはないと主張する黄瀬に尋ねる。黄瀬はぱっと顔を赤くして、目線を下へ逸らした。どうせこれもまた碌でもない理由なんだろうなと察する。

「い、言いたくないっス」

「あっそ」

 もごもごと小声で拒否したので、青峰は写真集に視線を戻した。言いたくないなら聞く気もないし、言わないならお願いも聞かない。しばし沈黙が落ちて、写真集を捲る音だけが響く。

「そんな簡単に引き下がんないで欲しいっス! 青峰っちは気になんないんスか!?」

 一分も経たないうちに、黄瀬が青峰の肩を掴んで揺さぶった。わざとらしい泣き声を作られて、少し苛立った。

「おまえが言いたくないって引き下がったんだろうが! くだんねえ理由なんて別に聞きたくねえよ」

「くだらなくないっス」

「じゃあ言えるだろ」

 青峰のその一言で、またもや黄瀬が押し黙った。唇を少し突き出して、拗ねた子供みたいな顔をする。実りのない押し問答をする気はない。青峰が再び視線を写真集にやろうとすると、黄瀬が横から写真集のページを勝手に閉じ、必死に腕を掴んできた。

「言う! 言うから!」

「早く言え」

「うぅ……今度の、ドラマの撮影なんスけど、その……」

 ほぼ真下を見詰める黄瀬と視線は合わない。言い淀むと同時にちらりと窺うように視線をあげ、ぎゅうと腕を掴む手に力が籠った。

「キッ、キスシーンが、あるんス」

 耳元まで真っ赤に染めて黄瀬が何とか吐き出した理由は、ちっとも青峰の心を打たなかった。脇役が主ではあるが、黄瀬は最近そこそこ映像関連のメディアに出演している。別に恋愛絡みの役が回ってきても不思議ではない。

「あっそ」

「何でそんな反応薄いんスか!?」

 黄瀬にとっては一大告白だったようで、素っ気ない返事をした青峰の腕を揺さぶった。痛くはないが、鬱陶しいので手を引き剥がす。

「火神っちはもっと衝撃受けて呆然としてくれたし、黒子っちですら小さく驚きの声をあげたんスよ!? 黒子っちより反応悪いって、どういうことっスか!」

「どういう反応しろっつーんだよ。んなの、遅かれ早かれあるって分かってたことだろ」

「そうなんスけどぉ……ねぇ俺、理由言ったっスよ」

 反応が薄いと噛みついて来たときとは一変、黄瀬はしおしおと項垂れた。ソファの肘掛けに腕と頭をもたれさせかけて、上目遣いで青峰を窺う。

「だから」

「……キス、してくれないんスか」

「理由言ったらするなんて、一言も言ってねぇし」

「ええぇ、いじわる」

 再度青峰が拒否すると、黄瀬は置いた腕の中に顔を伏せてしまった。そのまま拗ねてしまいそうな雰囲気だ。ここで構ってやらなければ本当に拗ねてしまうだろう。

「誰とだよ」

「へ?」

「相手」

 声をかけてやると、黄瀬は俯せにしていた顔をぐるりと青峰の方に向けた。

「あー……何とかコンテストでグランプリになった若手イケメン俳優らしいっス」

 随分と曖昧な情報だ。そんな新人俳優同士のキスシーンなど、一体誰が見て楽しいのかさっぱり分からない。

「イケメンならよかったじゃねえか」

「よくないっスよぉ……そりゃ多少はマシかもしれないけど、でも、やだ……別に相手がイヤってわけじゃないっスよ」

「じゃあ何が不満なんだよ」

「だって、俺、はじめてっス」

 しおれきった声で黄瀬が呟いた内容に、青峰はあー、と生返事をした。はじめての何々系に全くもって拘りのない青峰は、すっかり失念していた。封印してなかったことにしていた記憶が脳裏にちらりとよぎったが、気付かなかったふりをする。

「仕事ならノーカンでいいんじゃねえの」

「さすがに無理っス」

「そのうちキスの一つや二つくらい大したことじゃなくなるって」

「じゃあしてくれたっていいじゃないスか」

 そう言われてしまうと青峰は押し黙るしかない。これでは埒の開かない押し問答だ。

「してくれないなら、青峰っちが寝てる間に勝手にするからいいっスよ」

 黄瀬が言うと、本当にしかねなくて恐ろしい。しばし無言で睨み合いが続く。不毛な時間に先に音を上げたのは青峰だった。

「眼ぇつむれ」

 寝転んでいた身体を起こして命令すると、黄瀬はあからさまにぱっと顔色を明るくした。膝立ちになって、ソファに座っている青峰との高さを合わせようとする。

「いつでもいいっスよ!」

 言葉の軽さとは裏腹に、黄瀬は目をぎゅっと瞑った。唇も僅かに引き結ばれていて、これじゃキス待ち顔というよりも何かに耐えているようだ。撮影ならどう考えてもNGだろう。

 青峰は近くに転がっていた、くまの大きめのぬいぐるみを静かに手に取った。黄瀬が桃井と超有名テーマパークに行って来たとき買ってきたものだ。手持無沙汰な黄瀬がよく腕に抱え込んでいる。

 慎重に狙いを定め、そのぬいぐるみの鼻先を、黄瀬の唇に押し付けた。期待と全く違う感触に驚いて、黄瀬が目を開く。

「ちょっ、からかわな、んっ」

 黄瀬の言葉を遮ったのは、紛れもなく青峰の唇だった。ただし、触れたのは文句を言う口より少し外側だったが。

 狐に抓まれたような顔をした後、黄瀬は高熱でも出ているのではないかと疑いたくなるくらい顔を茹でらせた。耳どころかいつもは白い首筋まで赤く色づいている。そんな反応で、ドラマの撮影は大丈夫なのか。

「ふ、ふいうちは、卑怯っスよ」

「うっせ」

 あくまでも強気な態度を取ろうとする黄瀬だったが、見事に失敗している。言葉と顔がちぐはぐで、青峰は密かに笑った。

「しかも口の端だったし」

「不意打ちでも、ちゃんと分かってんじゃねえか」

「青峰っちのばかばか」

「はいはい」

 形ばかりの怒りの拳を手のひらで適当に受け止める。別に場所の指定はなかったのだから、これで十分お願いを聞いたことになるだろう。

「でも好きっス」

「……はいはい」

 声に熱を孕んだ告白も、少しの間をおいて適当に受け流した。飽きるほど聞いた言葉を、黄瀬は飽きずに何度でも繰り返す。

 本当はお願いなら、何年も前に叶えてやってる。いささか青峰が酔っていて、黄瀬が眠っていただけの話だ。でもこれは青峰の中でなかったことにしたし、当然黄瀬が知る由もない。今後もそれは、変わらない。

 

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