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6(130111)
否応なしに耳に入ってくる奇声に反応すべきかどうか、青峰は悩んでいた。奇声はノートパソコンと睨めっこしている黄瀬のものだ。あーだとか、うーだとか、意味のない音ばかりが紡がれている。風呂から上がった青峰の存在にも気付かないほど、深刻な問題らしい。放っておいても止みそうにないので、ひとまず声をかけてみることにした。
「さっきから何を唸ってんだよ」
「あ、青峰っち。うー、進路希望決まらないんスよ……ちゃんと書いたのに再提出くらっちゃって」
赤で大きく再提出と書かれた紙は、パソコンの横におざなりに置かれている。今月の頭に学年が替わり三年になったので、改めて調査しているのだろう。紙を拾いあげて目を落した瞬間、青峰は吹き出した。
「ちょ、何で笑うんスか!?」
「何でって、これじゃ返されるに決まってんだろ」
紙には第一希望から第三希望まで書く欄が設けられている。黄瀬の回答は上から、お嫁さん、パリコレモデル、話題の芸能人第一位だ。しかもお嫁さんの後ろにはハートマークまでつけられている。小学生に将来の夢を聞いたってもっとマシな答えが返ってくるだろう。
「どこが悪いんスか! 俺は超大真面目っスよ!」
頬を膨らませ、黄瀬は青峰の足をぺちぺちと叩いた。力がこもっていないのでちっとも痛くない。黄瀬の背後にあるソファに青峰はどっかりと腰かけた。
「こっからはちっとも真面目さが伝わってこねえよ。もっと真面目っぽく書かねえと」
「じゃあ青峰っちは何て書いたんスか」
聞かれて十数年前の記憶を辿ってみたところで、青峰は首を傾げた。思い出そうとしても、ちっとも思い出せない。そもそもこんな紙に何かを書いた記憶もない。
「……や、出した覚えねえわ」
「なにそれ、俺より酷いっスよ! えー、それで何も言われなかったんスか?」
「覚えてねえ。まー、教師も色々諦めてたし、大学もスカウトで入ったからな。けど、こういうのって普通、大学名とかそういうの書くんじゃねえの?」
「そう、それなんスよ」
大学名、と青峰が口にした途端、黄瀬は真剣な表情を見せた。ソファに座る青峰と向かい合うように、正座で座りなおす。
「あのさ……大学って、やっぱり行かなきゃだめっスかね?」
不安を含んだ声で、おそるおそる黄瀬が尋ねた。当然のように大学は行くものと思い込んでいた青峰は、予想外の質問に目を瞬かせる。
「だめ、っつか……俺や火神ですら行ってんだぞ」
「でもそれって、大学でもバスケやりたくて、スポーツ科からスカウトがあったから行ったんでしょ?」
「まあ、そりゃあな」
高校と同じく、青峰は推薦で大学に入った。大学でバスケを続けるキセキの世代は皆そうだった。それを当然のように感じていたし、その進路を疑うこともなかった。精々いくつか来たスカウトのどれを選ぶか決めたくらいだ。
上目使いで青峰を見つめていた黄瀬はふいと視線を下ろし、細い溜息を吐いた。
「俺、一応これでも一度はそれなりに進学したい大学の希望も考えたんスよ。でも、頭使うことって苦手だし、やりたい勉強みたいなのもないし、そしたらじゃあ何で大学行くのかなーって考えちゃって……。ここのところ仕事量増えてきてて、それが楽しいから、別に仕事だけでいいんじゃないかなーって思っちゃったんスよね」
「その結果がこれか」
「そうっス。あ、でも第一希望は本気っスよ」
再提出と赤字で書かれた紙を青峰が示すと、黄瀬はこくりと頷いた。
黄瀬の気持ちは分からないでもない。青峰とて、バスケがなければ大学になんて行きたがらなかっただろう。お世辞にも黄瀬が勉強に向いているとは思えない。黒子の影響で本を読むことだけは苦でないようだが、それ以外はからっきしだ。黄瀬は頭より身体を動かす方がずっと好きだが、かといってスポーツ専攻は勧められない。最近の仕事が順調なのは、青峰から見ても確かだった。
「マネージャーとかは? 相談してねぇの?」
黄瀬のマネージャーは、黄瀬がモデルをはじめた中一の頃からずっとお世話になっている。何も知らない黄瀬と、同じく何も知らない保護者の青峰に対し、全て懇切丁寧に教えてくれる、信頼のおける女性だ。黄瀬にとっては親代わりに面倒をみてくれる大人の一人でもある。
「んー……相談したら、行けるなら行っておいた方がいいって。別にどこでもかまわないけど、それでも一つの経歴になるからって。最近、なんだかんだで大学行ってる芸能人多いっスからね」
「じゃあ行った方がいいんじゃねえの」
「うー」
「……行きたくねぇわけ?」
「……うぅー」
青峰の言葉に曖昧な応えをして、黄瀬はソファに突っ伏した。行きたくないのを無理矢理行かせるつもりはない。しかし、大学に行く方が今後有利になる、もしくは行かないと不利になるなら、行くべきだろう。
「どっか、ちょっとでも行きたいとことか、ないのかよ」
「笠松先輩のとこ……」
小声ながらもすぐに返された答えに、青峰は僅かに眉を潜めた。黄瀬が高一のとき海常で男バスのキャプテンを務めていた笠松に、黄瀬は物凄く懐いた。帝光にいるときは強い者が偉いという理念の元、先輩を敬う気配など微塵も黄瀬には感じられなかった。しかし海常に入って、先輩を敬うよう躾けられ、黄瀬は変わった。敬っているかは曖昧な態度だが、慕っているのは間違いない。今シーズンの青峰の試合には、連れだって来たほどだ。黄瀬の話によると、笠松は女性が大の苦手で、本来は少し話すのすら無理らしい。つまり、笠松にとって黄瀬は女性という枠には入れられていない。それでも、黄瀬が同年代の中で一番親しくしているのは笠松で間違いないだろう。
「でも、先輩の学校って、けっこう勉強も厳しいらしいんスよ。だから、仕事中心でうまく大学生活送るのは無理だろ、って言われちゃったんスよねえ」
青峰が反応できないでいる間に、黄瀬はしょんぼりとした声でそう説明した。ソファにもたれさせた身体を起こし、黄瀬は行きたいところの見解を続ける。
「条件だけは考えてるんスよ。家からなるべく近くて、AO入試やってて、仕事中心にしてても卒業できて、それから奨学金制度が充実してるとこがいいんス」
条件をあげながら、黄瀬は指を折っていく。適当に相槌を打ちながら聞いていた青峰だが、最後の条件に首を傾げた。
「奨学金、ってなんでだよ」
「えー、そりゃ払えない額じゃないっスけど、俺の月収って安定しないし、それに貯蓄出来ないから、それよりは奨学金の方が」
「いや、聞いてんのはそこじゃねえ。おまえまさか、自分で学費払うつもりか?」
「そうっスよ? あたりまえじゃないっスか」
一体何を言っているのかという表情で黄瀬は青峰を見上げた。それが当然であるといわんばかりの黄瀬に、青峰は顔を顰めた。
「何言ってんだよ。そんくらい出すに決まってんだろ」
「や、それくらいって額じゃ」
「おまえが払おうと思えば払える程度だろうが」
言葉尻をとらえて青峰が反論すると、黄瀬は唇を尖らせた。視線をついと逸らして、言い訳をするかのように口を開く。
「う、そりゃ、そうっスけど……でも、別に勉強したいわけじゃないし、そもそも大学そんな行きたいわけじゃないし、気が引けるっていうか」
「んじゃ、嫌でも大学行け。そんでちゃんと卒業しろ。命令するからには、金は俺が出す。大人の財力なめんな」
「え、でも」
「ごちゃごちゃうっせえ、命令っつったろ。おまえは金以外の条件で行きたい大学探せ」
なお反論してこようとする黄瀬の頬を抓って、無理矢理に青峰は続きを遮った。未だ不服を訴える瞳を睨みつける。
「分かったら返事しろ」
「……ひゃぁい」
間抜けな返事が聞こえて、ようやく抓っていた頬を解放した。痛いと零しながら頬をさする黄瀬を見下ろし、気付かれないように青峰は溜息を吐いた。
まさか大学ごときで、黄瀬がそんなに真剣に考えているとは思わなかった。本業が学生というよりモデルなのは分かりきっていることだし、どうせ適度なところをそこまで迷うこともなく選ぶものだろうと、思い込んでいた。思い返せば、中学のときだって高校のときだって、黄瀬が適当に決めたことなど一度もなかった。青峰が予想できなかっただけで、黄瀬が学費のことまで考えていても何もおかしくないのだ。金銭に関しては青峰の大人としての意地だ。黄瀬に親代わりらしいことをしてやった記憶なんてほとんどない。だからせめて、金銭面だけでもいい恰好をしたいのだ。
黄瀬は再びパソコンに向かって、大学を調べはじめた。あと一年もしないうちにこのガキが大学生になるなて、到底信じられない。自分も歳をとるはずだ。そう思った直後、その発想そのものが年寄くさくて、自己嫌悪に眉を潜めた。
***
世間が四月末からのゴールデンウィークを迎えると共に、青峰はシーズンオフに入った。週末ごとにあちこちへ出向き試合をしていたリーグ戦とそれに続くファイナルが終わり、一段落ついたところだ。今期は青峰のチームが栄光の一位を飾った。僅差で火神のチームが二位だ。
すぐに公式戦がないことに飽きてしまうが、オフになったばかりの今はまだ休みが有難い。休みになるとほぼ同時に、青峰は実家から模様替えをしたいから手伝うよう呼び出しをくらった。年末年始も面倒でまともに顔を出さなかった。どうせ暇でしょう、と言われてしまえば青峰に反論の余地はない。
実家に帰ると、母親は久しぶりに会う息子には目もくれず、青峰の後ろを覗き込んで首を傾げた。誰を探しているかなんて、聞かなくても分かる。
「涼ちゃんは一緒じゃないの?」
「学校に決まってんだろ。平日だぞ」
「あぁ、そっか。でも未だに大輝の後ろには涼ちゃんがぴったりくっついてるイメージが抜けないのよねー。雑誌やなんかでちょこちょこ姿は見るけど、実際に会いたかったから残念だわ」
がっかりと肩を落とす様子は心底残念そうで、会いたかったのは青峰なのか黄瀬なのか分からなくなるほどだ。別に後者でも驚かないが、それならそうと言ってもらわないと連れてこられない。一ヶ月先くらいまでのスケジュールは決まっており、一日空けるには事前に調節しないといけない。
娘が欲しかったと息子の前でのたまう母親は、昔から桃井を大層可愛がっている。それと同じ調子で、黄瀬のことも機会があれば何かと愛でようとする。桃井を娘のように、と言うのなら、黄瀬は孫のように扱われた。
黄瀬のことは、青峰ではなく桃井を通して両親に話がついた。どんな魔法の言葉を使ったかは知らないが、当然のように黄瀬は受け入れられた。黄瀬のための環境は、桃井をはじめとして赤司や緑間が抜かりなく整えられた。彼らのそういった能力は、昔から恐ろしいほどずば抜けている。
三時間ほど散々こき使われて、ようやく青峰は解放された。お駄賃代わりに用意されていたロールケーキとコーヒーを頬張る。母親との閑談に付き合うが、先程から「涼ちゃんは?」と黄瀬のことばかり聞かれる。
「あんたは、涼ちゃんがいなくなったらどうするの?」
ようやく主語が黄瀬から青峰に変わったと思いきや、質問は青峰にとって面白くないものだった。桃井からも何度か言われた言葉だ。全くどうして、女は未来の仮定の話をしたがるのだろうか。どうするかなんて、そのときに考えればいい。顔を顰めて冷めたコーヒーを啜る。
「別に、どうもしねえけど」
「さつきちゃんの話だと、あれこれと家事を涼ちゃんにやってもらってばかりだそうじゃない。涼ちゃんだって来年は大学生でしょう? 一人暮らしするって言われるかもしれないわよ?」
「あー、それはねえよ」
どう考えても黄瀬自ら家を出て行くとは思えない。青峰の負担になりたくはないらしいが、かといって出て行くという選択肢も存在しないようだ。現に先日、家からなるべく近いところ、という大学の条件を提示していた。
「ならいいけど……でも、いつかは、大学卒業したり、結婚したりしたら、出て行っちゃうんだからね」
卒業はともかく、結婚に関しては雲の上の話だ。想像すらつかない。そりゃいつかは出て行くのかもしれないけれど、それがいつでどんな状況なのかは分からない。実感が伴わないので、そう言われたところで、だから何だよと返したくなる。
「そういえば、涼ちゃんは彼氏できた?」
返事をしない青峰のことは気にせず、母親は違う話題に入った。どうしてこうも女はこういう話が好きなのか。
「いない」
「知らないだけじゃなくて?」
「まじでいない」
黄瀬は隠し事の出来る性格じゃない。そもそも、彼氏がいるなら青峰に好きと迫る必要もない。いてくれたらどれだけ静かになることか。
「つまらないわねー。でも涼ちゃんモテるでしょ?」
「さあ、モテるんじゃねえの」
「そういう話しないの?」
「……しねえな」
要領を得ない青峰の答えに、母親が訝しげな表情をした。言われてみれば、告白されたとかモテて困るとか、そういう話はほとんどしていない。もしかしたら桃井あたりにはしているのかもしれないが、青峰はほとんど聞いたことがない。黄瀬の口から語られる話は、バスケのことか仕事のことか、ほぼその二つのどちらかだった。しかし外見だけなら上玉だから、モテないということはないだろう。選択肢なんていくらでもあるのだから、はやく青峰のことなんて諦めて、誰か適当に自分を好きな奴を選べばいいのに。無意識に青峰はコーヒーカップの淵に歯を立てた。
母親が夕飯を作りはじめるというので、青峰は帰ることにした。夕飯は実家では食べないと黄瀬に言ってある。
玄関でスニーカーを履きながら、青峰は試しに口を開いた。今言うのは、芳しくない反応をされてもすぐ帰れるという逃げ道があるからだ。
「なんかアイツ、黄瀬が、俺のことが好きらしいんだけど」
「あら、よかったじゃない。もうこのままお嫁さんに来てもらいなさいよ」
あっけらかんとそんな提案をする母親は、桃井に対しても同じようなことを言っていた覚えがある。そんな軽さでいいのだろうか。むしろここは、怒られて然るべきなのではないだろうか。預かっている十七も下の未成年に手を出したら、間違いなく糾弾されるだろう。親として、そこは咎めるべきところではないのか。あまりにもあっさりした反応に、肩透かしをくらった気分だ。無意識に、駄目と言われることを期待していたのかもしれない。
それはない、と否定だけはしっかりして、青峰は実家をあとにした。
***
「面白くねえ」
ぼそりと青峰が呟いた独り言は、隣に座る火神には聞こえてしまったらしい。言葉通りに受け取った火神は首を傾げる。
「え、そうか? 俺は結構面白いと思うけど」
二人の座るソファの正面では、大型テレビがドラマを映している。夜十時からはじまるそれは、男嫌いのOLが初めての恋をするという、さして珍しくもないラブストーリーだ。黄瀬も出演しており、主人公と少し歳の離れた女子大生の妹として、短いもののほぼ毎週出番がある。男嫌いの姉とは反対に、妹には彼氏がいて、姉の恋愛を心配している。ちょうど今も、彼氏連れの妹と姉がばったり街で遭遇するシーンだ。
テレビに出ている黄瀬自身は、五月の連休に入るなり撮影でロケに出かけている。このドラマではなく、また別の映画の撮影らしい。そのため夕飯をたかりに火神と黒子の家に訪れた青峰は、夕飯後も居座って寛いでいた。更に青峰の家に遊びに行こうとしていた桃井も、代わりに青峰と一緒に火神と黒子の家に来ている。
「そういう意味の面白くない、じゃないですよね」
呟いたきり返事をしない青峰の代わりに口を出したのは、食後の洗い物をしていたはずの黒子だった。相変わらずの影の薄さで、いつリビングに戻って来たのか分からない。洗い物を手伝っていた桃井がリビングに向かって来ているから、おそらくたった今だろう。
「うっせ」
「え?」
黒子の言葉が図星だった青峰は、舌打ちして短く吐き捨てた。机に置いていた缶ビールを手にしたが、口をつけると中はほとんど空になっていた。一人だけ状況に付いていけていない火神が、訳が分からないという顔をする。火神のために補足したのは、リビングに戻ってきて青峰の足元に腰をおろした桃井だった。
「あのねかがみん、大ちゃんはきーちゃんが他の俳優と絡みがあるのが『面白くない』んだよ。ねー?」
最後の同意は、青峰に求められたものだ。テレビの画面の中では黄瀬と相手役が腕を組んでいる。全てお見通しだという幼馴染の瞳が気に食わなくて、青峰は睨みつけた。効果がないことは十分知っているが、そうせずにはいられなかったのだ。
「さつきてめえ」
「だって本当のことでしょ。そもそも大ちゃんは我侭なんだよ」
「は? 何がだよ」
「他の男の子ときーちゃんがくっつくのは嫌なくせに、きーちゃんの気持ちは突っぱねるじゃない」
まるで自分のことのように、桃井は頬を膨らませて青峰に抗議した。勝手な解釈で我侭よばわりされた青峰は、眉間の皺を深めた。
「別に嫌なんて言ってねえだろ」
「でも『面白くない』って」
桃井が指差した画面では、まだ黄瀬が映っている。我ながら下らないことを呟いてしまったと、青峰は舌打ちした。
「だからあれは……このドラマがだよ」
「も?ほんっと大ちゃんって素直じゃないんだから。そんなにきーちゃんのこと好きなら付き合ってあげればいいのに」
「それはまじでない」
「えー」
頭で考える間もなく、青峰は即答した。唇を尖らせてみせる桃井も、承諾されるはずないことを分かっているから真剣みはない。桃井とて、いくらか前までは黄瀬にもっと青峰以外に目を向けるよう説得していたはずだ。
「つか、さつきはなんで黄瀬の肩もってんだよ」
「だってきーちゃんの話聞いてたら、あまりにもきーちゃんが一途で可愛いから、応援したくなっちゃうんだもん。そりゃ大ちゃんなんかにきーちゃんは勿体無いって思うけどさ」
「おい、俺なんかには勿体ないってどういう意味だ」
青峰の突っ込みは無視して、桃井は手の中で皮を剥いていたみかんを頬張った。つんとした態度にむっとした青峰は、剥かれたみかんを一切れ奪い取った。
「でも実際問題、黄瀬くんを他の人にあげたくないのなら、青峰くんが責任を持つしかないんですよ」
「はぁ? テツまで何言ってんだよ。おまえは反対派だろ」
口を挟んだ黒子は、桃井と違って冷静な喋り方だった。しかし黒子は、黄瀬がいつまでも青峰ばかり好きでいることにあまり良い顔をしていない。黄瀬の気持ちの大半が刷り込みだと思っているからだ。それなのに黄瀬の肩を持つようなことを言うものだから、不思議に思って青峰は眉を潜めた。
「そうですよ。でも青峰くんにそのつもりはないんでしょう。だからまずは、早く青峰くんが黄瀬くん離れして下さい」
「黄瀬離れってなんだよ! 俺は別にあいつがいつ出て行こうが構わねえし」
まるで親に子離れしろと諭すような黒子の口調にむっとして、つい突っぱねるような口調になる。それが気に入らないのは桃井で、頬を膨らませて青峰をじっとりとなめつける。
「きーちゃんが出て行くはずない、って思ってるから、そんなこと言えるんでしょ。実際に出て行っちゃったら寂しい癖に」
「寂しくねえ」
「寂しい!」
「それはおまえがだろ!」
「大ちゃんも!」
声を荒げはじめた幼馴染同士の不毛な言い争いは、黒子の咳払いによって中断させられた。二人とも黒子には弱いので、ビクリと肩を震わせて押し黙る。
「寂しいと思うのは当然なので、それは別に構いません。僕が心配してるのは、それ以上――」
そこまで言って、不自然に黒子は止めた。一体何を言おうとしたのかと青峰は首を傾げたが、続けるつもりは黒子にはないようだった。視線だけが交差して、青峰は細く長い息を吐いた。
「つーか、まじでちげえし。黄瀬は、あー、アレだよ、育て親として父親の気持ち的なアレ」
「アレばっかりですね」
「おまえだって、黄瀬がどこぞの男とくっついたら嫌だろ」
「は、俺?」
自分ばかり責められて堪らなくなった青峰は、隣にいた火神を肘でつついた。黄瀬のことで揉める三人を放っておいて、一人ドラマに耳を傾けていた火神は、突然振られた話に目を瞬かせた。横から青峰に睨みつけられて、火神は困ったように頬をかいた。
「まぁそりゃ、どこぞの男なら嫌だけどよ……」
「ほらな」
「でも相手が黄瀬が好きな奴で、そいつも黄瀬のことをちゃんと好きなら、俺がとやかく言うことじゃねえし」
「はぁ?」
一度は青峰に加担したかのような返事だったが、すぐにそれを翻されて青峰の眉尻があがった。模範的とも言える回答に、黒子と桃井がぱちぱちと手を叩く。
「火神くんの方が大人ですね」
「かがみんかっこいいー」
桃井は黄瀬の味方をするのかしないのかどっちだ。酔いがまわっている人間に突っ込んでもしょうがないが、一貫性のない発言につい青峰は怒鳴りたくなる。
「なに理解者ぶってんだよ!」
「ぶってるってなんだよ!」
「そのままの意味だよ!」
今にも掴みかかりそうな勢いで言い争いはじめた二人だったが、リビングにポップなメロディが響いた。ディスプレイが光る携帯を机の上から手に取ったのは、持ち主ではなく一番近くにいた桃井だった。
「もしもし? うん、さつきだよ。大ちゃん? きーちゃんの好きな大ちゃんはねー、いまかがみんと喧嘩してるよー。なんでかっていうと、えーとね、かがみんがかっこいいけど、大ちゃんはきーちゃん離れできなくて、それで……きーちゃん、お嫁にいっちゃやだあ……っ」
電話相手は聞かなくても黄瀬だと明白だ。支離滅裂な説明をしていると思えば、突然桃井は目に涙を溜めてぐずりはじめた。あまり顔には現れていなかったが、どうやら相当酔いがまわっているらしい。突然の出来事にぎょっとする火神と黒子だったが、青峰が慣れた手つきで携帯を桃井の手から取りあげた。片手で桃井の背をさすりながら、携帯を耳元にあてる。
「あー、俺だけど。……さつきのことは気にすんな、酔ってるだけだから。平気平気。喧嘩? してねーよ……おう。や、それはちが……違うつってんだろ。おー、そっちも気を付けろよ。じゃあな。おやすみ」
机の隅にまだ残っていた日本酒を啜りながら、黒子は通話する青峰を観察していた。その声に一抹の甘さが混ざっていることに、当の本人は気付いていない。だから自分の気持ちが緩やかに変化しているかもしていないことにも、当然気付けていない。自覚するならはやく自覚してしまった方がいい。無自覚のまま緩やかに気持ちだけ育っていくなんて、恐ろしく性質が悪い。この中でそれに気付いているのは、一番客観的に状況を把握しようとしている黒子しか、まだいない。
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