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2(120924)

 グラスに残っていたビールを飲み干して、青峰は大きく溜息を吐いた。

「あー、どこで育て方間違えちまったんだろ」

 特に連絡をしなくても自然と集合した誕生日会のあと、適当に人は減っていって残ったのは結局いつものメンバーだ。家から五分の距離に住んでいる黒子と火神、そして最後まで残りたい幼馴染の桃井。明日から学校がはじまる黄瀬は、三十分ほど前に文句を無視して寝かしつけた。気心の知れた大人しかいないのをいいことに、青峰は先程から黄瀬の求婚について愚痴っている。

「最初からじゃないですか」

 特に返事を求めていない青峰の言葉に答えたのは、淡々とアルコールを摂取している黒子だった。

 黄瀬を引き取った記憶をはじめから辿っていくと、変化が訪れた日はすぐなのだ。昔の仲間である赤司や緑間のおかげで、黄瀬が青峰の家にいることの出来る環境はあっさり整った。だから黒子たちは黄瀬が心を開いてくれるように、惜しみない愛と不自由のない生活を与えるだけだった。

 

 黄瀬を引き取ってから2回目の日曜日、青峰と火神のバスケチームは試合の日だった。まだ青峰に怯える様子を見せる黄瀬を引き連れて、黒子は試合を見に行った。少しでも黄瀬と青峰の距離が近付けばいいと願っていた。見やすい関係者席で、黄瀬は青峰に恋をした。コートのいる他の誰でもなく、似たプレイヤーの火神でもなく、黄瀬の視線は青峰だけを追いかけていた。きらきらと輝く金色の瞳を当時は感動だと思い込んでいた黒子だが、いま思い返せばあれは青峰に惚れた瞳だったのだ。それ以降、黄瀬は急速に青峰に懐いた。青峰の側を離れず、何でもかんでも真似をするようになった。馴染んでくれてよかったとほっとしたものだが、まさか十年後こんなことになるとは誰が予想しようか。

 間違えた地点を探すなら、一番はじめ。青峰が黄瀬を引き取ることが決定した時点で、もうどうしようもなく間違えたのだ。

 黄瀬はかなり本気で青峰を好いている。これは本格的にまずいのではないかと黒子が気付いた一番はじめは、黄瀬が中学二年のときだった。宅飲みで際限なく酔っ払った青峰が黄瀬に半ば冗談でキスをしようとした。素面を保っていた黒子は当然その青峰の暴走を止めた。しかし黄瀬は、何で止めちゃうんスか、と拗ねたような恥ずかしがる口調で黒子に文句を言ったのだ。口調はともかく、その瞳は本気だった。それ以来黒子は、青峰の動向に注意を傾けている。幸いまだ何も起きていないが、黄瀬の方はそろそろ耐えられないらしい。青峰が家に女を連れ込むのが嫌だ、と春に黄瀬が相談してきたときからその兆候は感じていた。

 

「まぁ僕も育て方を間違えたとは思っていますが。もっとちゃんとした言葉遣いに直すべきでした」

 

 自ら喋らない子供だった黄瀬に、黒子は色々と話しかけ、喋るよう促した。初めは何か聞けば話してくれるだけの状態の黄瀬が、自ら喋り出そうとするまでしばらくかかった。初めて喋ろうとしてくれたとき、黄瀬は一度開けた口をすぐ閉ざしてしまった。しまったという表情をしている黄瀬に、黒子は首を傾げて問いかけた。

「何ですか? 喋っていいんですよ」

「……うるさい、ない?」

 怯えながら聞いた黄瀬の言葉で、ようやく黒子は今までこの子供が喋ろうとしなかった理由を知った。色々な家に置いてかれていく中で、うるさいと怒られたことがあるのだろう。黄瀬は喋る以外のときでも極力邪魔にならないように、大人しくじっとしていることが多い。自分を押し殺すことを覚えてしまった、まだ幼い子供の心を必ず癒してあげなければと黒子は改めて感じた。

「そんなことないですよ。僕は黄瀬くんが喋ってくれると嬉しいです」

「ほんと? でも……」

 頭を撫でてあげると、黄瀬は一瞬ぱっと顔を輝かせた。しかしすぐにまた顔が曇ったのを見て、黄瀬が何を不安に思っているのか察した。

「僕だけじゃありません。青峰くんや火神くんだって、そう思ってますよ」

 金色の瞳を僅かに細めて、黄瀬はくしゃりと笑った。

 それ以来、たどたどしくも徐々に黄瀬は喋るようになっていった。助詞がおかしかった日本語も、すぐに直った。元々飲み込みの早い子供のようで、一度教えたことを忘れるようなことはなかった。

 保育園であだ名をつけるのが流行って、好きな人の名前の後ろに「っち」をつけるようになった。当時やっていた特撮のヒーローの影響で語尾が「っス」になった。青峰の喋り方をマネしたせいで一人称は「俺」になったし、お世辞にも綺麗な言葉づかいではなかった。それでも、一時は全く喋ってくれなかった子供があれやこれやと話してくれるのが嬉しくて、よっぽどでなければ許容してしまった。そのうち自然と直ると思っていたせいもある。女子である黄瀬のことを「くん」付けで呼ぶのも、黒子が青峰のことを「くん」付けで呼ぶからだ。黄瀬くん、以外で呼ぶとぷいっと拗ねてしまう。

 結果として、全て直らず今に至ってしまった。

 

「全体的に、甘やかしすぎましたよねぇ」

 はぁ、と溜息を吐く黒子に、青峰も首を縦に振って同意した。

「ほんっと、あいつ頭わりぃ喋り方するもんな」

「青峰くんのせいですよ」

「は!?」

 まさか自分のせいにされるなどと微塵も思っていなかった青峰は抗議の声をあげた。黒子は怯むことなく続ける。

「もし青峰くんがもっとまともな言葉遣いだったら、黄瀬くんももっとまともになってたはずです」

「いや俺だけのせいじゃねぇだろ」

 同じく言葉遣いが良いとはいえない火神の方を青峰が見ると、火神はぱっと目をそらした。決して俺は関係ないとは言えないからだ。

「でも私も、ほとんど大ちゃんのせいだと思うなぁ」

 口を挟んだのは、酔ってくったりとテーブルに寄り掛かる桃井だった。いつもよりふにゃふにゃした口調だが、その声は確信を持っている。

「んだと」

「だってきーちゃん、すごく大ちゃんにべったりで何でもかんでもマネしてたじゃない。私が一人称注意しても『青峰っちと一緒だからいいの!』って跳ね除けられちゃって……」

「あーっ、けど今はそっちの話じゃねぇんだよ」

 分が悪くなってきた青峰は、強引に話を終わらせた。そのうち黄瀬の問題点を全て青峰のせいにされかねない。

「どうしてこーなっちまったって話であってだな」

「そんなの僕が聞きたいくらいです」

「ほんとだよ」

 刺々しい黒子の言葉に同意したのは火神だ。

 

 黄瀬を拾ったとき、青峰とチームメイトだった火神は、青峰よりよっぽどまっとうに黄瀬を可愛がった。一番初めにありあわせで作ってあげたオニオングラタンスープが、そのまま好物になった子供が可愛くないはずない。小学校にあがってから料理を教えてほしいと乞うてきた黄瀬に、一から全部教えてあげたのも火神だ。それでも黄瀬は、特に何もしてくれないはずの青峰がいいと言う。

「おれ、おっきくなったら青峰っちとけっこんするっス! あ、でも、黒子っちと火神っちともけっこんしたいっス……」

 無邪気な笑みを浮かべてから真剣に悩む子供を、微笑ましいと笑っていられたのは、小学校低学年までだ。そのうち黒子と火神の名前が消えて、青峰の名前はずっと消えなかった。

 火神が一時期NBAへ行き、日本から離れていた間も黄瀬は心変わりしなかった。時々は短期間へ日本に帰っていたが、まさか中学に入ってもなお続いているとは思いもしなかった。

 青峰に良いところがないとは言わないが、ずっと好きでいられるほど魅力的だとも思えない。現に、女はとっかえひっかえで、一度でも長続きしたことがない。おそらくさせるつもりもないのだろうが。

 

「大ちゃんに分からないものが、私たちに分かる訳ないじゃない。私にはきーちゃんが何で大ちゃんなんかが好きなのか全然理解できないけど、でもきーちゃんが本気だっていうのは分かるよ」

「わっかんねぇ……」

 顔を顰める青峰を見て、桃井は溜息を吐いた。どうしてこんな不遜な男を黄瀬は好きになってしまったのか。せっかく可愛い顔をしているのに、報われない相手に夢中なんて、可哀想で仕方ない。

 

 青峰が子供服を買ってこいという訳の分からない電話をかけてきたとき、桃井は心底驚いた。好き勝手生きてきた報いが来たんじゃないかとすら思った。

 誰が悪いのか分からない謎の状況でも、子供に罪はない。桃井は笑顔で初めて会う黄瀬に向かいあった。しかし黄瀬は桃井を怖がって、黒子の後ろに隠れてしまった。聞けば今いる他の三人に人見知りする様子はなかったという。黒子は、もしかしたら母親のせいで女性が怖いのかもしれないと話した。桃井に怯えるのは、黄瀬のせいでも桃井のせいでもない。そう考えて、桃井は黄瀬が心を開いてくれるのを辛抱強く待つことにした。

 幸い、小学校に上がる前には怯えが消え去った。しかししばらくすると、今度は何故か敵対心のような瞳を向けられることが多くなった。何か気に障るようなことでもしてしまっただろうかと不安に思い、恐る恐る黄瀬に尋ねた。

「ねぇ、きーちゃん、私何かしちゃった? 最近、きーちゃん何か、その……睨んでる? あっ、もし私の勘違いだったらごめんね!」

 何度か視線を左右に彷徨わせてから、黄瀬は口を開いた。その口から出た言葉は予想もしないものだった。

「桃っち、青峰っちのこと好き?」

「えーと……嫌いじゃないけど、好きって、その、どういう意味の好き……?」

 子供にこんなことを聞いて分かってもらえるのだろうかと一瞬思ったが、これを聞かないとなんと返事をしていいものかも分からない。この質問をしていたのが黄瀬以外だったら即座に否定したが、無闇に否定してもいいものか戸惑ってしまった。

「結婚したいっスか?」

「ええぇ、まさか! それは絶対に、ない!」

「本当?」

「本当!」

 桃井が言い切ると、黄瀬はようやく真面目な顔から、頬を緩めた子供らしい顔に戻った。

「でもなんで、そんなこと思ったの?」

「だって、青峰っちのところに何回も来るのって桃っちくらいだし、青峰っちは桃っちの言うことだと半分くらい言うこと聞くし」

「それは、今のきーちゃんより更に小さいときからずっと一緒だったからだよ。でも、それだけ。好きっていうのとはまた別」

「じゃあ、青峰っちは俺と結婚するから、とっちゃダメっスよ!」

 やくそく! と伸ばされた小さな小指に小指を絡めて、指切りげんまんをした。確か小学二年生のときだ。その頃はまだ微笑ましいで済んでいたが、思い返せば黄瀬は本気だったのだろう。

 元々気が合う方だった黄瀬と桃井は、誤解が解けてから姉妹のように仲良くなった。度々青峰についても相談され、その度にやめておきなよ、と言いたくなる。どうすれば胸が大きくなるか聞かれたときには、喉元から言葉が出かかった。しかしそんなことを言っても無駄なことは、黄瀬の恋心を一番よく知るのだから、理解している。

 

「きーちゃんはさ、大ちゃんが色々なものを犠牲にして、自分を育ててくれたと思い込んでるんだよ。だから大ちゃんに何でもしてあげたいと思ってるし、結婚もそのための一つなんじゃないかなぁ」

「バッカじゃねーの」

 自分を育てることで、青峰から奪ってしまったものが多かれ少なかれあることを黄瀬が気にしているのは、青峰もよく知っている。例えば火神がNBAへ行ったこともその一つだと思い込んでいる。NBAへの誘いは青峰にもあった。しかし同じチームにいたエースの青峰と火神が同時に抜ける訳にはいかない。話し合った結果で、火神が行くことになった。そこに黄瀬が一切関係していないとは言わないが、他の要因はいくらでもあった。例えば青峰が完全なる一人で暮らしていけるとは思えないこと、英語が下手したら小学生より分からないことなどだ。だから別に黄瀬のせいではないのに、言っても聞く耳を持たない。何かあると自分のせいだと思うのは、昔からの悪い癖だ。しかし青峰の家に来る前にそういう育てられ方をしてしまったのだから、強く叱ることも出来ない。

「ほんと、バカ」

 グラスにビールを注ぎ直し、青峰はそれを一気に煽った。

 

 

*

 

 

 きゃんきゃんとした声で青峰の意識はぼんやりと浮上したが、とても目を開ける気にはなれなかった。頭がガンガンするとまではいかないが、身体が重たくて仕方ない。感知してしまった陽の光を遮ろうと、腕を持ち上げて瞼の上に重ねた。

「青峰っち、起きてー! 朝っスよー!」

「うっせ」

 文句を言う青峰の声にいつもの覇気はない。身じろぐ気力もない青峰の上半身に、黄瀬は体重をかけて乗りかかった。しっかりした筋肉はそれくらい何ともないと知っている。

「ねー、起きてってばー」

 こうして青峰を起こす時間も嫌いではないが、朝の時間には限りがある。夏休み明け初日から遅刻をするわけにはいかない。

「っせー……つか、おまえ、おもっ」

「ひどいっス! そんな重くないっスよ!」

「重い、どけ」

 年頃の女子に言う言葉じゃないと頬を膨らませる黄瀬を押しのけて、何とか上半身を起こした。頭を押さえて、溜息を吐く。

「あー、行きたくねぇ」

「もー、歳考えないで飲みすぎるからっスよ」

「うっせー」

 誰のせいだと文句を言いたいが、ここで言ったところで黄瀬を喜ばせることにしかならない。

「あっ、俺もう行かないと。朝ごはん用意してあるから、ちゃんと食べるんスよ!」

「はいはい」

 青峰が時計を見ると、確かに黄瀬が朝練に出る時間だった。一応ギリギリまでは寝かせておいてくれたらしい。

 夏服のブラウスとスカートを翻す黄瀬は、神奈川にある海常まで通っている。中学までは女子バスケ部で活躍していたが、青峰や火神に幼い頃から鍛えられた黄瀬に敵う選手はそうそういなかった。高校のスカウトはあちこちから来たが、黄瀬はモデルをしつつバスケをするのにスカウトで入るのは心苦しいと零した。いくつか自分の眼で高校を見に行った黄瀬は、海常に入ることに決めた。ただし、女子バスケ部の選手としてではなく、男子バスケ部のマネージャーとして。面白い先輩がいたんス、と笑う黄瀬に少しだけむっとしたのは秘密だ。

 カバンを持った黄瀬がもう一度寝室に顔を出して、ぶんぶんと手を振った。

「いってきますっス!」

「おー、いってら」

 どんなに青峰が呻こうが愚痴ろうが、こうしていつも通り朝は始まるのだ。考えるのも馬鹿らしいよなぁと、青峰は大きく伸びをした。

 

 

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