TOP > Text > RKRN > 室町 > 110710 所謂恋話(文仙)

110710 所謂恋話(文仙)

 ぼくと留三郎がそっと隣室を訪れると、約束通り小平太と長次が灯火と共に待っていた。4人円形になるような形で腰をおろす。
「で、誰が仕切るの?」
「そりゃ言い出したやつだろ」
「誰?」
 なんとなく誰も口を開かない雰囲気だったから尋ねてみたが、留三郎の答えでは不十分だった。6年生で集まるといつもは仙蔵あたりがその場を仕切ってくれるのだが、今はその仙蔵がいない。それもそのはず、敢えてい組の二人がいないときに集まったのだから当然だ。今い組の2人は実習のため学園の外に出ている。
「そもそも俺は、その話自体を未だ信じてないんだが。何か確かな証拠があるのかよ」
「私は仙蔵の項の下の方に吸い痕があるのを見つけたよ」
「それだけじゃ、文次郎と、つきあってるという印にはならねぇだろ」
「でも長次もい組の部屋に行って、入れる雰囲気じゃなかったことがあるって。なっ、長次」
 納得のいかない様子の留三郎と同意を求める小平太が長次を見ると、長次は控えめに頷いた。
「それってどういう……」
「察しろ」
 長次の一言で留三郎はようやく文句を言う口をつぐんだ。不満げに俯く彼に声をかける。
「留三郎は何がそんなに気にくわないの?」
「何がって、そりゃ仙蔵が文次郎を選んだことだよ。こんな言い方はしたくねぇけど、仙蔵の容姿なら女くらい……更にいえば男だろうがほぼ選び放題だろ。なのに選んだのが文次郎だと!?」
「あっそれは私も思った。長次ならまだわかるけどなんで文次郎なんだ?」
「ぼくは別にそこは意外じゃないなぁ。だからって想いがうまいこと通うとは思ってもなかったけど」
「なんで?」
 小平太が興味津々といった様子で身を乗り出した。それを長次が襟首をひっぱって戻す。
 好奇に満ちた視線を集めてしまったが、どのように言うのが一番いいだろうか。
「まず文次郎は優しいだろう。ここぞという時には頼りになるし。顔だって隈さえひどくなければさして悪くはない」
 ひとつ文次郎をほめるごとに留三郎の顔が歪んでいくのが視界にはいったが、気にせずに言葉を続ける。
「しかも殊更仙蔵には甘い。けれど甘やかす限度は弁えている。それになにより文次郎は見た目で人を判断しないから、仙蔵を特別扱いすることもないだろう。特別扱いというのは遠回しな拒絶だからね。文次郎は仙蔵を対等に見て、対等に付き合っていける。なんだかんだで仙蔵を真正面から叱れるのも文次郎だけだしね。そんな文次郎を仙蔵が好きになっても、何の不思議もないと思うけどな」
 とりあえず思いつくところを全て並べあげて3人の顔を見回す。長次は静かに頷き、小平太の頭の上からは疑問符が消え、留三郎は首をかしげながらも一応納得したようだった。
「仙蔵は文次郎に言いたい放題だし尻にしいてるのかと私は思っていたのだが、本当は甘やかされたがってるのか?」
「わがままは寂しさの裏返し、というのを本で読んだことがある。……もしかしたら仙蔵は甘えるのが不器用なのかも、しれん」
「不器用、なぁ。実際どうかはわからねぇけど、長次がそう言うのならそうなのかもな」
 ぼくも長次の言うことはそれなりに的を射ている気がした。彼は何事も器用にこなすようみせかけて、時折おかしなところで不器用なところがあるのだ。
「しかしまさかあの鍛錬馬鹿が三禁を破るとはな」
「三禁を守ろうとして守れる程度のものなら、それは大した想いじゃないよ」
「まぁ三禁はともかく、寂しさの埋め合わせに肌を重ねるような奴じゃないから大丈夫だろう、あいつらは。私は2人がいいならそれでいいんだ」
 小平太がにっと笑んで、それに相槌を打ちながら私達も笑みがこぼれた。話もそれなりにまとまったことだし、そろそろ解散だろうかと腰をあげようとしたとき小平太が再び口を開いた。
「というわけで伊作は仙蔵に文次郎のどこが好きか聞いてきてくれ!よろしく!」
「えっ?」
「頼んだぞ伊作!ついでにできれば馬鹿の方にも仙蔵のどこが好きなのか聞いてくれ」
「いやちょっと待ってよ。何が、というわけで、ついでに、なのかさっぱり分からないんだけど」
「伊作の説明に説得力はあった。しかしそれを仙蔵がおもっているとなると途端に説得力がなくなるんだ。だから真相を聞いてきてくれ」
「気になるなら小平太と留三郎で行けばいいだろう!」
 助けを求めて長次に視線を投げかけた。頼むからこの言いたい放題の2人になんとか言ってやってくれ。
「あの2人も我々も、忍びである前に人である。……から気になる。伊作、頼んだ」
「えぇ、長次までっ!? 君たちが真相を気にしているのは分かったけど、だからってなんでぼくが行く流れになっているんだ」
「伊作は保健委員だから自然な流れで2人きりになれるだろう? もちろん2人きりにする手助けくらいはするぞ!」
「手助けはやめておけ小平太、かえって伊作の迷惑になる」
 止めるべきところはそこじゃないよ、長次。
「真相を知って、それで2人が付き合ってるのが本当だったらどうするの?」
「どうって、どうも……なぁ?」
「どうってわけじゃないが……でももしそれで仙蔵を泣かせるようなことがあったら文次郎を殴りにいく」
 留三郎と小平太はぼくの質問に少しきょとんとしたあと、そう答えをよこした。文次郎に限ってそんなことはないんじゃないかなあと思いつつも、結局ぼくは調査役にまわることを引き受けてしまったのだった。

 

 仙蔵と2人きりになるのに、6いが実習から帰ってきたときを逃す手はない。保健委員長の権限を存分に利用して、文次郎は風呂に追い払い、仙蔵は無理矢理に医務室へと連れ込んだ。掠り傷の治療をするというのは嘘じゃないからいいだろう。
 鉄瓶を火にかけながら、渡した座布団に大人しく腰かけた仙蔵に今日の本題である話を何気なくもちかける。
「ねぇ仙蔵は、文次郎のどこが好きなの?」
「……知っていたのか」
 足を崩していた仙蔵は、唐突な問いかけに苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
「まぁ、なんとなくだけど」
 仙蔵の機嫌をなるべく損ねないように、温かいお茶と隠しおいておいた茶菓子をそっと差し出す。
「しんべヱのように食べ物で釣ろうとしてもそうはいかないぞ」
 そう言いつつも、忍務後で喉は渇いていたのだろう。お茶に手をのばして、ゆっくりと啜る。擦り傷につける薬を用意し終えて、仙蔵の右腕をとった。黙って薬を塗布していると、仙蔵は天井をぼんやりと見つめながら口を開いた。
「そうだなぁ……どこなんだろうな」
「顔?」
「まさか」
「じゃあ身体?」
「怒るぞ」
「ごめんなさい」
 仙蔵が口をわってくれたからといって、つい調子にのって軽口を叩けば、冷たい声色で返されて即座に謝った。治療を終えて、自分の分のお茶を湯飲みにつぎ仙蔵の正面に座る。仙蔵は思いの外真剣に考えてくれているらしく、顎に手を添えてどこか一点を見つめている。
「たとえば」
「うん」
 仙蔵はようやく考えがまとまったらしく、ぼくの目を見て話を再開した。
「下級生が何かまずいことをしたとする。そこに文次郎がいたら、間違いなくあいつは下級生を叱りつけるだろう。それが1年生なんかだったらもしかしたら泣き出すかもしれない。そうしたら文次郎は泣くなとまた怒鳴るだろう」
「うん、まあそうだろうね。普段の様子から容易に想像できるよ。それで?」
 続きを促すと、仙蔵はお茶を一口飲んでからゆっくりと先を続けた。口の端が少しだけ緩んだのを見逃さない。
「でも私が涙を流したとき、やつは決して泣くなとは言わないんだ。むしろ泣いてもいいなんてぬかす。おかしいだろう?」
「仙蔵は、文次郎の前で泣くの?」
「さあな」
 仙蔵はどちらか考えてみろという風にくすりと笑ったが、それだけで十分な肯定だった。少し意外にも思えたが、それと同時になるほどなとすとんと胸に落ちるものがあった。
「……それが、文次郎のことが好きな理由?」
「まあそんなところだ」
「言いたいことが半分くらいしかわからないんだけど」
「わからんでもいい。とにかく、あれの側にいるとほっとするんだよ」
「ふぅん」
「あのバカには言ってやるなよ?」
 仙蔵が少しだけ首を傾げてはにかむように笑う。それがなんだかやけにかわいくて、文次郎は仙蔵のこんなところが好きなのかもしれないなぁと、茶菓子をつまみながらなんとなく思った。

 

 い組の二人が風呂場に行ったのを確認して、は組とろ組の4人でこそこそとろ組の部屋に集まる。
「で、どうだった?」
 時間がないため小平太が早々に尋ねてくる。長次と留三郎も期待のまなざしでぼくをじっと見つめていた。
「とりあえず2人が付き合ってるのは確定。仙蔵が文次郎の好きなところは、ぼくなりに一言でまとめると、文次郎が仙蔵に無意識にあまくてそういうところが好き、みたいな」
「なんか曖昧だな」
 留三郎が未だに腑に落ちないといった表情をしている。
「仙蔵の答えが曖昧だったんだよ。でも多分惚気られた気がする」
 三人は三者三様の複雑そうな表情を浮かべてわずかにうなったりただ黙したりしている。
「ちなみに文次郎にも仙蔵のどこが好きなのかきいてみたんだけど」
「なんて?」
「散々悩んだあと、一言だけ、顔って」
「よしぶん殴る」
 留三郎が間髪いれずにそう言って、小平太もそれにうんうんと頷いた。長次は無表情だったが、止めないのでおそらく反対というわけではないのだろう。ぼくは賛成派でも反対派でもないが、とりあえず文次郎のためによくきいてとてもしみる塗り薬を作っておいてあげよう。

Tag:文仙